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【33】重要なこと

側室の提案に感じた惨めさを超える未来の俺の惨めな最期を思い出す。 誰にも庇ってもらえない鞭で打たれる息子のことを考える。 ひとりは、寂しくて悲しいことだ。 子供に騙されて無一文で知らない街に放り出されたことがある。 身分を明かして、保護を求めることも出来た。 自分の不始末を家族に知られることが怖かったし、助けてもらえずに見捨てられることを恐れて、使われていない小屋に居座った。 助けてと声を上げるよりも黙り込んで一人で途方に暮れる。 言葉を殺して、動かないことが傷つかない方法だと思い込んでいた。 そんなはずがないのは、アリリオさまに教えられている。 小屋で森の実りで飢えをしのいでいる俺を助けてくれたのは、アリリオさまだ。 魔獣討伐のために近くに居たとはいえ、俺に会おうと思ってくれたから小屋にいることを突き止めてくれた。 偶然助けてもらえたと思い込んで、考えるのをやめていた。 愛されていないと感じることは惨めで苦しいから避けていた。 怯える自分に大丈夫だと言い聞かせる。 冷たい空気を漂わせる高貴な人だが、俺と同じ人間だ。 嫌っている人間を助けたりしない。 立場上、守らなくてはいけなかったとしてもアリリオさまなら人を使う。そういうタイプだと知っている。 「リー、ガメメをゴミ処理に使うのは、いけないことだと思う?」 「時代によっては神獣と呼ばれた存在ですが、現在は出現と同時に討伐対象なので、有効活用できるのなら、画期的かと感じます」 ものすごく言葉を選んでくれたリーに苦笑する。 俺は孤児院の子供たちの待遇を改善する手助けになればと思って、ガメメの使い道をアリリオさまの父親に話した。 ガメメをただの悪食の魔獣だと思っていたからだ。 食べるとは考えていなかったので、出来た提案だ。 アリリオさまが俺に食べさせていたらしいガメメはブドウ畑を襲っていた魔獣であり、俺の提案でゴミを食べていたものではない。 わざわざそれを教えてくれたのは、俺を嫌な気持ちにさせないための配慮だ。 話題に気持ちが追い付いていなかったので、フォローを入れられていた自覚がまるでなかったが、あれは優しさだった。 そもそもの疑問である俺の強制入浴への説明がないので、ガメメについては意味不明だった。俺の格好がガメメみたいだとバカにしてきたので、優しさを優しさとして感じ取れずにいた。 「どうして俺が日が高いうちから入浴させられているのか、リーやライには分かる?」 俺はまったく分からないのだが、ライが「んだ」と首をかしげる。 無表情だがライが素直な女性だというのは分かってきている。 どうして俺が理解できないのか、分からないという顔だ。 「……奥様の顔色が優れないからかと愚考いたします」 リーは、俺に体調不良を自覚させたくないらしい。 言い難そうに「朝食の席では倒れてしまわれそうでしたが、今は顔色が戻られております」と口にする。 生真面目な彼女は質問に答えないことなど、あってはならないと思っているのかもしれない。 「側室候補と会うとなれば、如何に人格者であったとしても顔色が悪くなるのは当たり前でございます」 自分の顔色への自覚のなさが情けなかったが、庇われると気まずい。 アリリオさまからの罵倒に慣れ過ぎた弊害だ。 俺の体調を考えて浴室に連れてくるのは、ともかく、バスタブに落とす必要はなかったと思う。見た目に反して行動が荒っぽい。 「持ち場が違いますので、直接見てはいませんが……奥様に向かって、側室候補のかたが唾を吐かれたとか」 「ああ。彼女は体液を硬質化させる異能を持っているからね。短絡的でビックリするけど、攻撃を受けた」 俺の発言に問題があったのかライが「んぶぅ」と初めて聞く声を出した。意外と話している内容に関係ない、ゲップかもしれない。 「旦那様はお怒りなのでしょうね」 「そりゃあ、托卵されそうになったんだから――」 「いいえ、奥様。そうではありません。危害を加えられているにもかかわらず奥様が平気な顔をなさっていることを怒っているのです」 考えたこともなかったとは言えない。 俺を助けたアリリオさまは不快そうだった。 手間をかけて申し訳ない気持ちになっていたが、問題はそこではなかった。 ベラドンナを庇う俺を狂っていると言った。 聞き流したが、重要なことだ。 彼女の死で今回の事件が終わるのは後味が悪かった。それは俺の都合だ。 自分と子供を守るために覚悟を決めたはずだったが、他人を死に追いやることを恐れて日和った。 ベラドンナをそそのかした人間を見つけたい気持ちも本当にあるが、他人に危害を加えることを怖がっている。 恨みのこもったベラドンナの視線を思い出して寒気がした。 俺は他人から嫌われたくない。 愛されていたい。

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