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《34》単純な話
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少年は自分を産んだ人間の痕跡を求めて、各地を歩き回った。
そして、知ったのは彼が、人々に愛されている存在だということだ。
地域によっては英雄である父親よりも深く尊敬されていた。
少年よりも年下の子供が、会ったこともないのに素晴らしい人だと語ってくれた。
自分の両親や兄弟から聞かされていたのだろう。
少年はそれが羨ましくて、愛おしくて、悲しかった。
どうして死んでしまったんだと、問いかけは異能によって引き寄せられた。誰が原因であるのかは、異能を使うまでもなく明白だったが、信じたくなかった。
世界は広く、少年が思っているよりも単純な話ではない。
ただ、わかったのは父親が何もしなかったことだ。
父親の身分ならば、大切な相手を守ることが出来た。だというのに父親は動かなかった。それが少年には悔しくてならない。
自分が生まれる前のことを自分ではどうしようもできない。
鞭で打たれて、父親への恐怖を刷り込まれた少年が父親を殴りつける。
先に父親に殴られて右の頬が腫れている。
けれど、痛くない。
こんなもの、痛みのうちには入らない。
自分を産んだ相手を見殺しにした父親に少年は引く気がなかった。
今まで、父親に好かれようと必死だった。
頑張れば優しくしてもらえると思っていた。
そんな明日が来ないと知っても、親のことを嫌いにはなれない。
だが、集めていく情報から見えてきた状況は、過酷で残酷なものだった。
少年の嘆きに父親は反応しない。
少年にどう思われても気にしていないからだ。
言わずに飲み込んでおこうと思っていた言葉が少年の口を突いて出る。
人を傷つけるためだけの最低の言葉。
「第二王子がおっしゃっていました。……あなたは、自分の弟と母を殺した、と」
少年の言葉に狼狽えることもなく父親は「貴様がそう思うなら、そうだろうな」と肯定する。冷静な態度が少年を苛立たせた。
違うのなら、違うと言って欲しい。
助けたかったのなら、そう教えて欲しい。
守れなかったことを責めたいわけじゃない。
守ろうとしなかったことが許せないのだ。
父親は弁解も説明もしない。
少年の心を助ける気がないから、こんなにも冷たい。
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