39 / 113

〔四〕自分だけの特別な相手以外を気にかける意味などない

魔獣を倒すのは簡単だ。現実にいる動物のことをよく調べればいい。  巨大化して凶暴なだけで内臓や骨の配置は既存の動物と何ら変わりない。 例外はガメメだ。 ガメメは異世界からやってきた人間が乱獲して、滅ぼしたガメと呼ばれる生き物と大きさ以外は似ているが、比較ができない。 ガメはすで絶滅している。 絶滅している生き物に似ているガメメを討伐せずに保護したいと考えている一部の人間に父は頭を悩ませていた。 以前から問題になっていたからこそ、ガメメが王家に捧げられる肉だったのだろうと思う。 特別なことに使う特別な肉。 ガメメにご利益などあるはずもないが、そういう形で持ち上げて狩りに理由をつける。 結果が同じだとしても意味のある過程や理由がないといけない。 一足飛びで結論を出されても飲み込むことが出来ない。 「……あれ? どうして、こんな、ぬるぬるに?」 お湯の粘度が高くなったことに気づいたらしい。 魔道具は快適な入浴のために自動さし湯機能がある。  湯船が冷めないようにお湯を持った侍女が傍らに居なくて問題ない。が、私が戻った段階で、さし湯はしないように設定を変えている。 のぼせないよう、浴室内の温度を下げているので、湯船の温度も下がるのが早くなる。 「じゅるるの実を潰しただろ」 「これ、ミルカじゃなかったんですか……」 「香りも形も似ているが、わかるだろ?」 「高級ローションの原料です」 眉を下げて自分がしたことを後悔している。こういうところが本当に愚かだ。自分がやらなくても、私がやったに決まっている。 じゅるるの実は入浴剤ではない。 「ミルカなら潰してもいいと思ったのか?」 「いえ、食べるべきだとは……思います、けど」 歯切れが悪いのは、じゅるるの実のぶつぶつとした皮を頬に押し付けているからだ。どうしてこんなことをするのかと疑問に思って、頭が回っていない。  気になることがあると受け答えが疎かになる。 本人は気づかれていないつもりらしいから、私は舐められている。 「湯船に入った物を口にするのは衛生的にどうなのだ?」 エビータの数ある異名の内で、最高に不快なものが「勇者の花嫁」というものだ。  異世界から召喚された勇者の血をこの地に根付かせるためにエビータという一族は使われる。 勇者が召喚される予定がなくても、異世界の常識のようなものをエビータに生まれた者は学ばせられる。 それは、この世界の常識よりも異世界の人間の常識に身を置いているということになる。 バスタブは人体に有害になる菌を殺すようになっている。 木になっているミルカを収穫して、口にするよりも湯船に浸かったミルカのほうが綺麗で安全だと言える。 だが、非常に強い抵抗感を覚えるのか、食べ物を粗末にすることを嫌がる一方で、湯船に入ったゴゴリンを口にしなかった。 甘さが足りないゴゴリンをあたたかい湯船に入れて追熟させるのは、普通のことだ。 甘い香りが湯船に溶け出し、湯船の中で甘味も手に入るという生活の知恵。せせこましいことが好きそうにもかかわらず、湯船に関しては、繊細な感性を持っている。 以前の自分の対応を反省しているのか、言葉に詰まっている。 じゅるるの実を潰したことを謝ってくるか、湯船に入った物は口にしたくないと再度主張するか、待っているとこちらの手を取り、胸元に導いた。 じゅるるの実のぶつぶつした皮が乳首を刺激するのが気持ちいいのか、小さく声が出た。 「食べなくても、無駄遣いにならなければ――」 「そうだな。バスタブ一杯に作られたローションをきちんと私たちで使い切ろう」 驚きと同時に安心しているような矛盾を感じる表情をする。 じゅるるの実を潰したことを責められたくない気持ちから来る安心とローションの量に対する驚きだろう。 元々、ローションを作るつもりで、各種の植物を入れ込んだのだ。 ------------------------------------------------ ミルカはオレンジっぽいものです。 ミルカの中に「勇者が愛したミカン」っていう品種があります。温州みかんです。 ミルカを品種改良して、ローションを手軽に作れるじゅるるの実を作ったのは勇者とされているので、魔法っぽい不思議さがあってもスルー。 じゅるるの実は高級品なので、主人公の気持ちはお察しです。

ともだちにシェアしよう!