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〔九〕自分だけの特別な相手以外を気にかける意味などない

自分はスケベな生き物だと言い出していたが、嘘偽りなかった。 ずっとこうしたい気持ちを隠していたのだろうか。 性器に対する怖がる仕草は、夢中になることを恐れていたのかもしれない。 先走りの汁を見逃さず、はしたなく舐めている。 話したがっているようでいて、自分から言葉を途切れさせている。 眉を寄せていた顔が、とろんとした緩んだものに変わる。 人の性器を舐めて、美味しいものを食べて癒されたような顔をするのだから、異常者だ。見ているだけで射精したくなる。 先走りの液体は、無味無臭か、苦みを感じると言われている。そんな体液がじゅるるの実の効果で、美味しく感じるようになり、彼の欲望に歯止めがかかっていない。 じゅるるの実のローションのおかげで不妊が解消されたという話はよく聞く。 反面、。 心のない道具に良い効果だけを期待するのは間違っている。 道具は使い方だ。心のある人間がどう使うかで価値が決まる。 話は中断したが、夫婦仲が円満であるならじゅるるの実は良い仕事をしたと言える。 ひとしきり堪能した彼は「なんで、こんなにビクビク波打ってる限界チンコなのに精液が出てこないんだ」と首をかしげた。 人の性器を精液が出てくる蛇口だとでも思っているような愚かな独り言だ。 精液が出ないのは、私が射精しないように耐えているからに他ならない。今までの自分の発言を覚えていないかのような彼に呆れかえる。 一度射精したら、それで終わりという空気を出して、ベッドに横たわって眠りにつきたいと甘えたことを言い出す彼に配慮して、一度も射精せずに数時間行為をしている。 彼のほうが、射精しすぎて苦しいという訴えがあったが、腫れ上がった自分の性器を庇うようにして「こすらないでぇ」と啼くのが、魅力的過ぎてよくない。 日常との落差があって、舌足らずな懇願はいろんな種類を収集したくなる。 「……あぁ! こんなことしてる場合じゃない。ちんぽ汁でリラックスするとか、世も末だ」 いつになく疲れが出ているのか、一人で愚痴りだした。 労わるように頭を撫でると顔を上げてきた。 「アリリオさまは、力がお強いのです。全体的にっ!」 強い口調で言われるが、どう考えても彼がひ弱なだけだ。 だが、ひ弱なことは悪いことではない。 私は力の加減が出来ない子供ではないのだから、彼に合わせることだって出来る。 「ゴシゴシ、ガシガシではなく、なでなで、さわさわ、とかで!」 孤児院で子供たちとやりとりをしている場面を見ていて思ったが、彼は指示が下手だ。 孤児院にいる年長者やシスターたちが、なんとか言わんとすることを読み取って下の子たちに伝えていた。 エビータ唯一の男として、家族から甘やかされていたのだろう。 それにしては、孤児院への奉仕活動を趣味にするのはおかしなことだ。陛下の命なら、仕方がないかもしれないが、彼の立場と行動は繋がらないことが多い。 私の知らない彼が居るという想像は不快なものだ。 暇があれば、ぺろぺろと舐めだしていた彼の動きが止まった。 委縮しているというか、殺される前の魔獣のような怯えを見せている。どうしたのかと思ったら、その目は怒っているのかと私に問いかけてきた。 無言でいたことで、勘違いさせたらしい。 力を加減するぐらい大したことではない。 眠っている彼を起こさないように触れる、そのぐらいの力加減にすると安らいだ顔になった。 触っている実感が足りないが、彼からするとこのぐらいの触れ方が気持ちがいいようだ。 「ビジョーア嬢の処遇について……ですが」 「毒を飲んで死んだ」 嘘ではあるが、驚きと安心が混ざった顔をする。 つい先ほど、バスタブ一杯のローションを一緒に使い切ろうと言ったときに見せた顔だ。 矛盾を感じる表情なのは、喜びよりも安堵が強いからかもしれない。状況への驚きと自分が設定した最悪の状況を回避した安心感。 毒を飲んで死んだのは嘘だが、彼に毒を飲ませようとしたのだから報いを受けてもらわなければ困る。 私の目の前で堂々と彼に危害を加えようとしただけで、市中引き回しの末に鳥に体をついばまれて死ぬのが似合いなのだが、彼はそれを望まない。 勇者の価値観からするとこういった処刑法は野蛮なものであるからだ。 今でも数は少ないが、見聞きする方法だが彼には刺激が強い。 自分がされたわけでもないのに痛みを想像して、苦しんだり、悔やんだりすることは目に見えている。 他人に危害を加えたがらない人間はいる。 他人に危害を加えるのが楽しくて仕方がないという貴族が多い一方で、彼は被害者側に肩入れしてしまう。 たとえ明確な加害者であろうとも、罰が重すぎるのではないのか思い悩む。 優しいからではなく、他人を攻撃したり、他人を罰することに慣れていないからだ。 子供を叱りつけるのとは、話が違う。 「ビジョーア嬢は、毒を持ち込んでいたのですか……」 「毒は持ち込んでいたが、飲んだのは嘘だ」 これには安堵だけを表情にのせる。 ガッカリした顔でもしていれば、処理しやすいが、彼はそれを望んでいない。偶然に亡くなったのなら、安心はするが、死は死として悼むのだろう。 それとも彼が安心するのは、ビジョーア・ベラドンナが息絶えることによって顔を合わせることがなくなるところかもしれない。 彼が万が一にでも惹かれることがないように側室には彼の好みから外れた女を選んだが、そのせいで人間の質が悪すぎた。 好みから外れるどころか、苦手な人種を選んだからこそ、今日はどこか疲れているのかもしれない。 彼の体調をお腹の子供のせいにしていたが、乳母やピネラの言う通り、私にも少しは責任があったかもしれない。 反省の意を込めて頭を撫でていると彼が自然な笑顔を浮かべた。 撫で方が正しかったからだ。 私の対応力を評価している。 誰でも、言えばすぐにできるものではない。 対応できるのは、対応しようと思っている者だけだ。

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