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〔十〕自分だけの特別な相手以外を気にかける意味などない
「敵対者の目を欺くためにビジョーア嬢を側室に迎え入れるのは、対策として仕方がないことだと思っておりますが――」
言い難いことなのか視線を手元の私の性器に向ける。
どう見ても男だが、私よりも細い肩が弱々しく動き続ける。
性器を撫でている動作のせいだが、震えているようにも見えた。
「――今後、彼女と打ち解けて、心を通わせることも」
「回りくどい。貴様は何が言いたい」
たずねると彼は顔を上げた。
力が入りすぎているのか、くちびるが震えている。
「友人にっ……友人になるのまでは、俺がとやかく言えることではないのは分かってます。肉体関係はダメです。やめてください」
一大決心をした顔で、意味の分からないことを言い出した。
私が性器を人質に取られている状況は、彼の無意識なのか、意識的な策略なのか、気になるところだ。
「俺は、胸とかないし、おしりも、揉みごたえがないかもしれませんが、えっちな、こととか、大好きですし! ビジョーア嬢は妊娠されていますから、そういった行為は控えるべきで……俺は、大丈夫ですけどね!」
性器をにぎにぎと刺激されながらなので、彼の言い分が頭に入ってこないが、必死な表情が好ましかったので「そうか」と相槌を打っておく。
不審そうにこちらを見てきたが、頭を撫でると納得したのか、性器を口に入れた。彼にとって癒しを求める場所になっているのだろうか。
「ビジョーア・ベラドンナは側室ではなく使用人だ。行き場のない貴族の令嬢を働かせるのも公爵家の務めだからな」
元々、ビジョーア伯爵から、その許可を貰っている。
あそこは、わがままな娘をかわいがるだけの財政状況ではない。
売れるものなら何でも売りたいところだろう。
「貴様と顔を合わせないように別館の手入れを任せているメイドの中に混ぜている。彼女たちは普通ではない訓練を受けているから、逆らうのは得策ではないと子供でも理解するはずだ」
彼女たちは死なないように痛みや快楽を与える方法を心得ている。
彼にとって、ビジョーア・ベラドンナが特別でも何でもなく、自分の知らないところで亡くなっているなら、それでいい程度の人間なら、厳重な監視をつける必要はない。
が、今後のことがある。
彼はあくまでも真実を求めている。
自分が死ぬ未来に関係すると考えているからかもしれない。
泣きながら絶望的な表情を浮かべていた朝の彼は、俺しか頼れないという顔をしていた。
異能が見せる未来は絶対ではない。
異能が見せる情報を正しく判断できているかも分からない。
異能の能力の差か、情報の精度の差か、感受性や思考力の差か、同じ未来を視たとしても、王太子と第二、第三王子では内容が違う。
昔はそれで言い合いになっていた。
兄弟仲は悪くなりすぎて、陛下も父も困っていた。
彼がそれぞれが違った内容を口にしているのは、誰かが間違っているのではなく、注目している箇所が違うせいで、違った未来に感じてしまうだけだと言わなかったなら、今でも仲が悪かっただろう。
彼は孤児院で子供たちそれぞれの言い分を聞いていて、王子殿下たちの言い分と同じだと思ったという。誰も嘘を吐いていないのにお互いに嘘つきだと喧嘩になっていたと教えてくれた。
「死が遠ざかったと思うか?」
「……ん、わかりません。そう思いたいですが、ビジョーア嬢以外にも、俺に手が伸びているなら」
性器から口を外して、話しているが、名残惜しそうだ。
彼の物欲しそうな顔に先走りの汁があふれてくる。
嬉しそうに無邪気に舐めだす姿は健全そのものだというのに、していることは、昼間からの淫蕩な生活。
思わず精液が出そうになるが、ここで終わらせるわけにはいかない。彼がいつになく積極的なのだから、このままで済ませられない。
「ビジョーア嬢は気が強いので、俺を恨んで隙あらば攻撃してくる可能性もあります」
落ち込んだ表情の彼は、愚かだ。
自分を攻撃してきた相手を庇い、更に自分を攻撃してくるかもしれない相手だと知りながら、追撃する手段がない。
一瞬が生死を分ける過酷な戦場で、何も持たずに立ち尽くすような、無知な子供をよりも性質が悪いことをする。
ビジョーア・ベラドンナが危険だと思っているなら、息の根を止めるべきだが、彼の性格上、その考えには至らない。
国外追放したところで、厄介な火種を持って帰還しそうな頭の悪さのある女だ。腹の子も含めて、殺さないのなら監視下に置かなければ危ない。
「反抗の意思を削ぐためにナメクジで満たしたツボの中に入れているから、三日後には素直になっているだろう」
こちらの性器を優しくしごきあげながら、彼は「ナメクジ?」と聞き返してきた。意外と物を知らないので、ナメクジが分からないらしい。庭の手入れをしていなければ、縁がないかもしれない。
「手のひらサイズのぬるぬるとした軟体生物がいるだろう」
「しおよわのことですか?」
「塩で体が縮んで死ぬらしいな」
「塩漬けにすると水が抜けて、コリコリしておいしいです」
彼からするとナメクジは食べ物という認識だった。
私の性器も食べ物あつかいされているような食いつきっぷりだ。
「あれは、食べるよりも商人に売るのが普通だ」
「食糧難で、なんでも食べないとっていう時期の発明でしたからね」
「商人たちは、変態的な趣味の貴族にナメクジを高値で売っている」
よくわからないのか、彼は顔を傾けて、竿を横から口に含む。
くわえこまれると、私の視点では彼の後頭部ばかりを見ることになるが、横からになると彼の顔が一部だが見える。
乱れている髪の毛を後ろに流してやった。
「水分を求めて目や口の中に入ってくる。女なら膣もか」
皮膚をナメクジが這う感覚だけでも、普通の人間は嫌かもしれないが、水分を求めて、穴という穴に侵入してくるのだから堪らないだろう。
純度の高い変態はそれが快楽になっているようで、拷問目的ではなくナメクジを購入している。
「貴様、花を使って絵を描きたいと言っていただろう」
この国に色を楽しむ文化はない。
花の色にも意味はない。
そんな中で、彼は花を乾かしたものを使って絵を描いた。
他国に嫁いだ親戚のおかげだと言っていたが、そこそこの値が付いたという。不毛の地に住む仕事のない子供たちの手仕事にするつもりだと言っていた。
花が必要ならいくらでも持っていけばいいと言うつもりで、庭の花の入れ替えを命じていた。
その際に大量のナメクジを捕獲していたらしい。
十分な給金を払っているので、ナメクジを勝手に商人に売りつけるような使用人はこの家には居ない。
「大量に刈り取った物がある。必要なら使うといい」
「腐ったり色褪せないように考えないと……いえ、ありがとうございます。有効活用します」
そこは、私にも作ると一言あるべきだが彼は気が利かないので期待するだけ無駄だ。あるいは作っていても渡せずにいるのだろうか。
「ナメクジ責めにあっても人は死なないのですよね?」
「死なないが発狂はする。気が強い女が目が虚ろな淑女になる」
何やら言いたげな表情の後、すべてを飲み込むような微笑みを浮かべながら「そうですか」と言葉を発することを放棄した。
彼にとって重要なことは、生きているか死んでいるか。
それに自分が関わっているか、そんなところ。
私にとって重要なのは、他の誰でもない彼自身だ。
彼が笑っていなければ意味がない。
彼がそばに居なければ意味がない。
彼が生きていなければ意味がない。
何の意味がないのかを常に自分に問いかけている。
自分が生きている意味なのか、彼が生きている意味なのか。
考えながら結論はいつでも同じものになる。
自分だけの特別な相手以外を気にかける意味などない。
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答えではない言葉を答えであるかのように繰り返すのは、欺瞞というより、この場合トートロジーを用いた誤魔化しである。
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これでアリリオ視点は終わりです。
次話から主人公視点に戻ります。
各種伏線の回収と「家庭円満への道」をちゃんとするので、まだ続きます。
ちなみに先を早く読みたい、執事ピネラ視点、婚約前のアリリオ視点などを読みたい方はファンボックス(https://ha3.fanbox.cc/)へどうぞ。
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