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【4a】殺せるわけがない
「なんだ? ピネラが来たか?」
「はい、旦那様。申し訳ございません。至急とのこと」
「構わん。扉越しに対応する。声が拾えないなら、少し開いてもいい。中は覗かせるな」
リーの「かしこまりました」の声とライの「んだんだ」がくぐもった形で聞こえた。
声が拾えないのは浴室にいるアリリオさまなのではないだろうか。
アリリオさまのせいとは言わないが、自分にとってのフリを相手に被せる言い方をされることが多い。
立場上、自分が悪い、自分のせいだとは死んでも口にできないのかもしれないが、根っから染みついている言い回しがときに卑劣だ。
誰もそう思わないのなら、俺がおかしいのだろう。
ここはカーヴルグス家であり、エビータ家ではない。
勇者語録にある『郷に入っては郷に従え』という言葉は、重要な教えだ。
異世界からやってきただけの人間と召喚された勇者の違いは、この世界に合わせようと妥協するかどうかだと言われている。
この世界を壊そうとする人間はどれだけ人々を助けたとしても、勇者とは呼べない。
自分だけが正しいと妄信する破壊者だ。
俺はカーヴルグス家のやり方が合わないと感じても、破壊者にならないように何も言わなかった。けれど、バスタブを見て考え直す。勇者は世界に様々な爪痕を残している。
何かをすることで、誰かのためになるのなら、動くべきだ。
「執事が呼んでいるなら、俺が――」
「貴様、ピネラを誘惑でもしたいのか?」
どうしてそんなことを言われなければならないのか、意味不明だが、ここでこのまま引いてしまうと発言を認めたことになる。
以前までは言い争うよりもいいと思って話を終えていたが、案外そのせいで、おかしな疑いをかけられているのかもしれない。
「緊急の用事のときに、コレでは集中できないのでは?」
「貴様が気にすることではない。舐めたいなら、舐めているといい」
頭を押さえられてしまった。
意外と俺の舌さばきに魅せられているのだろうか。アリリオさまの雰囲気はトゲトゲしく変わり、優しさは嘘のように感じられない。
「失礼します。――あー様の言う通りだった。申し訳ありません」
俺たちの会話が途切れたのを見計らったのか、執事の謝罪の声が聞こえる。勘違いでないのなら、泣いている。切羽詰まった悲しげな声が浴室に響く中で、俺はアリリオさまのちんこを横からしゃぶりついている。
さすがにアリリオさまの反応が気になったので、ちんこしゃぶってますという形を崩さず観察する。
目が合うと恥ずかしいが恐怖はない。男の一番の急所に食らいついているので、アリリオさまを直視しても委縮せずにいられる。
俺に何かをしたら、自分のちんこがどうなるか分かっているなと睨みつけてみるが、たぶん通じていない。鼻で笑われた。
「弟は、弟は、なんで――」
悲痛な叫びにアリリオさまは答えない。
執事の弟はアリリオさまの補佐として付き従っていたはずだ。
公爵家の補佐というより、英雄アリリオさまの補佐として家の外での雑用をこなしているらしく、あまり顔を合わせていない。
執事の顔を幼くさせたような縮れ毛の少年兵のような人だった。
「貴様は脳を勝手に使われた影響で未来の一部に触れたであろう」
「はい。側室に毒殺されました」
「そんな簡単に貴様が殺せるわけがないだろう」
ベラドンナへの好感度は底辺だと思っていたが、信じていたのだろうか。側室候補にするぐらいだから、好みのタイプなのか。好みの相手にはジャッジが甘くなるのは致し方ない。
触れてくれる手が優しいのに少し悲しい。
「あの女は非常に短絡的で、頭が悪い。一人で計画を立てれば、実行に移す前に露見する。あの女の犯行だとするならば、手助けをしたり、知恵を貸した第三者がいる」
俺が見た未来を否定しているわけではなかった。
俺が見ていない場所があると指摘してくれている。
なるほどと思いながら俺はちんこをしゃぶり続けた。
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