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【8a】人の責任

俺は子宮があるわけではないので、生理はない。 異能によって、子供を育てているので、女性的な器官は必要としていない。 エビータ一族の女性は、生理が重い者ほど子沢山だ。 妊娠中は生理がないので元気なので、積極的に産むのだという。 生理から解放されるために妊娠したがるのは、過程と結果が入れ替わっているような違和感があるが、いつでも妊娠できるからといって、いつまでも妊娠しないよりはマシだ。 俺の飲み下せない気持ちは、アリリオさまに撫でられていると軽くなる。髪の毛をむしりとるような、脳みそをシェイクするような、乱暴な触れ方ではない。 優しい指先に悲しくなってくる。 「私を責めることで、罪悪感や責任感から逃れようとしたのだろう」 母もつらかったのだとアリリオさまは言う。 強い異能を持つ子として、産んだのは母親かもしれないが、責任を取らなければいけないのだろうか。 異能が未熟であったり、異能の発現がない子を産んだ母親を責める風潮があるが、納得いかない部分だ。 子供は母親だけが産むものじゃない。 父親の種があってこそだ。父親の精子に問題がなかったのか確かめる手段がないなら、母親のことを責めるべきじゃない。 アリリオさまは自分の母のつらさを分かっていると言うけれど、浴びせられた言葉に傷つかないはずがない。 「ピネラ、貴様の弟は、私の弟の性格をよく分かっている。自分のことを理由に母が私を責めるような未来はあってはならないと思ったのだろう」 ぽつりと「今までのヒステリーとは比べ物にならないことを、母は、私の命を奪おうとしたのかもしれない」とつぶやいた。 執事には聞こえなかっただろう、アリリオさまの独り言。痛ましい想像だ。 人は自分を正義の場所に置くと、どこまでも残酷に振る舞える。 自分の子供が死んだのだから、同い年の子供も死ぬべきだと気が狂った母親だった人が孤児院に押しかけたことがある。 彼女は悲しくて、やり場のない苦しみを間違った怒りに乗せた。 アリリオさまの母親もそういったタイプの人だったのだろう。 「どんな未来をどうやって視たのか知りませんが、アリリオさまの弟さまは、優しくも強くもなかったのです。自分が視た未来以外を信じることが出来なかった」 生きていれば、すれ違っても和解できたかもしれない。 死ぬことによって、未来を閉ざした。 「あー様が傷つけられる方が良かったって言うのか?」 執事の低い声にビックリするが、俺はアリリオさまのちんこを指先で撫でる。歯形が薄くなることを願っているが、奇跡は起きない。 「傷つくかどうか、決めるのはアリリオさまです。亡くなった方を批難したくはありませんが、弟さまは自分が想像もつかない未来が待ち受けていると考えることが、できなかったのでしょう」 惨めに死んでいく未来を否定するために俺は自分なりに動いた。 自分がするだろう行動の逆をした。 言葉を飲み込まないように努力した。 他人から見れば、努力とも思われないことかもしれない。 何も動くことをしなかった悪夢と比べれば、違いが分かる。 午前中のわずかな時間で、世界は恐ろしいほど変わっている。 悪夢の中に居た俺は、アリリオさまのちんこを美味しいと感じてしゃぶり続けている未来など想像できなかったはずだ。 「自分が視た未来が全てだと、弟さまも思ったわけではないでしょう。選択を迫られる立場になって、最期に出来る優しさが母親の未来を潰すことだった」 アリリオさまのためだけではなく、母親のためでもあったのかもしれない。正気と狂気のはざまにいる人間のつらさを俺は何度か見た。 空腹から人を殺して食べてしまった世捨て人の後悔を聞いた。 悔やんでも過去に戻ってやり直すことは出来ない。 未来を視たとしても、それは同じことだ。 「弟さまは弟さまで、選択されたこと。アリリオさまには関係ない」 第二王子の言い分がおかしい。 アリリオさまへの嫌がらせでしかない言葉だ。 たとえ、アリリオさまの弟本人であったとしても、殺人と自殺の理由をアリリオさまに被せることは許せない。 「人の責任を肩代わりするのは、馬鹿らしいことなのでは?」 以前、アリリオさまに言われたことだ。 とある貴族の邸宅で、物乞いあつかいされて使用人に生ごみをぶつけられた。確認不足だったと謝られはしたが、たまたま出くわしたアリリオさまが、そんな言葉で使用人を許すはずがなかった。 主人の命令でもなく、勝手な判断で訪問者にゴミをぶつけておいて、不問にするなどあってはならないと正当な糾弾をされた。 俺は自分が責められている気分になって使用人を庇ってしまった。 そこで言われたのが、他人の責任を肩代わりするのは主人のすべきことだという内容。 アリリオさまの攻撃対象は、使用人を雇っている貴族に向かった。 そんな他人に厳しいアリリオさまが、弟のためだと泥をかぶるのは見ていられない。 第二王子は、アリリオさまが自分が原因だと知れば、アリリオさまが殺したという言い回しでも通用すると思っている。そんなわけがない。 事実と違うことを広めるのは害悪だ。

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