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【幕間1】一瞬で恋に落ちた

主人公の他国に嫁いだ親戚のお姉ちゃん視点。 本編とのテンションの違い注意。 結婚してすぐの話(つまり、過去話)です。 ------------------------------------------------ わたしの実家であるエビータは建国前からある古い家だ。 エビータは子爵だ。国への貢献度を考えると不思議だが、爵位が高いと嫁に行きにくかったり、派閥争いに巻き込まれてしまう。 貧乏な伯爵の本家より、エビータの分家筋のほうが、はるかに豊かな暮らしをしている。 理由は、とある侯爵家からの援助だ。 見合いの場を提供するペロン侯爵は、婚活支援侯爵なんて呼ばれている。 彼ら一族は、エビータのためだけに存在する。 エビータの結婚をサポートするだけでは、角が立つ上に社交界から、つま弾きになってしまう。そのため、国内外の貴族の結婚を助けている。 安産の異能を持つエビータは国から大切にされている。 エビータは特別、エビータはスゴイ、エビータで良かった。 そんな教育を受けていても、みんな自分がエビータであることが不満だった。 安産の異能ってなんだよとわたしたちは誰もが思ってる。 真に受けているのは単純でかわいい弟分、りったんぐらい。 嫁いだ国の王太子のクソさを思えば、同じ男でもりったんの裏表のない優しい性格は本当に癒される。 自分の夫以外の男はクソ野郎だと思えというのが、エビータ流だけれど、りったんは別だ。殿堂入りのたった一人。 みんなで穴に落としたり、木の上に置き去りにしたり、川に流したりしたけど、反応がいつも「死んだらどうするっ」だけなのが、りったんクオリティ。 本気で怒ってこれだから、簡単に死にそうだ。 気が強い女たちを相手にしているからか、りったんは腰が低い。 公爵家への嫁入りなんて苦行でしかないと遠くで心配していたけれど、取り越し苦労だった。 「貴婦人のお茶会とかいうクソ泥修羅場で、いじめにあって落ち込んでるかと思ったら、完全不参加だなんて笑うわ」 結婚後のりったんが、結婚前と驚くほど同じ生活をしていて呆れた。旦那が忙しいにしても、行動パターンを変えるべきだ。 でも、旦那が許しているのだから、わたしが口を挟むことじゃないのだろう。 りったんの旦那様は向かうところ敵なしの美丈夫と名高い英雄、カーヴルグス・ヴィクト・アリリオさま。 遠目にしか見たことがないけれど、王族の色彩と言われるアイスブルーの髪と瞳で、お手本のようなクールビューティー。 綺麗なものが好きなりったんは、一瞬で恋に落ちたに違いない。 寝巻で通じそうなシンプルを通り越して粗末に見えるりったんの白の部屋着。肩が出ているので寒くないのかと思ったら、魔獣の毛皮で作った服だという。 家の中で防刃仕様の服を着るなんて、りったんは想像を超えすぎだ。 魔獣の毛皮は、暑いと涼しくて、寒いと温かい奇跡の毛皮だという。 すごいのは温度調整を自動でしてくれるところではない。 同じデザインの魔獣の毛皮服を何着も持っていたことだ。 旦那様の好みかもしれないが、センスがない。 色気がないのが逆にいやらしいと感じる玄人の可能性もある。 美丈夫の英雄ともなれば、馬鹿女にアホほど群がられてうんざりしているはずだ。 こういうのがいいのかもしれない。 りったんの顔立ちは十人並みで、胸やお尻の脂肪分が高いわけじゃない。 性格がこの世の誰よりいじらしいから、甘やかしたいけど、わたしは腐ってもエビータだから、夫を優先するクソ女だ。 りったんの髪は、今は短い。 以前は腰までの長さがあった気がする。 ロングの直毛の黒髪という、羨ましい髪質だった。 孤児たちに与えるために髪を切ったのだろうか。 以前にもそういうことはあった。 髪を材料にしたり、髪を売ったり、長い髪はいろいろと使い道がある。 人妻になるとそういった行動は許されない気がする。 けれど、さすがはりったんだ。 好きに生きている。 「シル姉さん、泊まるの?」 「汁だくのビッチみたいだから、その呼び方好きじゃないんだけど」 「しーちゃん、泊まるなら、使用人に話を通さないといけない」 りったんは「しーちゃん、しーちゃん」と呼んで懐いてくれる。けれど、会うまで時間が空くとわたしの顔を忘れたペットのように他人行儀になる。 好感度リセットされちゃったの、マジかよと焦るけれど、こっちが以前と同じ感覚で絡んでいけば、はい元通り。 どうやら、親戚のクソ女が思春期なのか「もう婚約者も居ますし、気安く話しかけないでくださいます? ツーン」とやらかしたらしい。りったんがしょんぼりするのが見たいだけのドS気取り女だ。 無視すればいいのに真面目なりったんは、婚約者持ちや既婚者との、距離を測りかねてしまった。 クソ女はあとで、りったんが他人行儀になったと周りに愚痴っているらしい。本当、クソだ。 わたしたちエビータの女からすると、りったんはすごく有り難い。 安産の異能を証明することが、女の身ではできない。 女なんだから産めて当たり前だと男は平気で言う。馬鹿なクソ女も言う。 そういう奴には出産で死ぬ女の数を突きつけている。 ちなみにエビータは死なねえからな。 条件付けで発動する異能は、軽く見られることが多い。 男であるりったんが、異能を持っていることで、エビータの安産の異能はガチです。本当にありがとうございました。て、なわけで、わたしたちを異能なしあつかいしたクソどもは地獄へ落ちろと啖呵が切れたのは嬉しかった。 今の夫とは、そんな場面で出会った。 気が強いどころか、気が変になってるとしか思えない女を嫁に貰おうと思う夫は、りったんと別の意味で素敵だ。 「どーしようかなぁ。泊まろうかしら? ここじゃなくても、構わないのだけど?」 「公爵家の部屋があるのに街で宿をとるの?」 理解が出来ないという顔をするりったんの平和さが、これ以上なく癒しだ。人の言動の裏側をあまり読み取れないし、深く知ろうとしない。 一見すると幼稚に思えるけど、ただただ真っ直ぐで好き。 この国はどこも酷かったけれど、公爵領は、馬車で街中を通って見た限り、野垂れ死にしそうな浮浪者も居ない綺麗な街だった。 舗装された道路、子供たちの笑い声、人通りは多くても怒声が飛び交うわけでもない。幸せそうな公爵領の住人たち。 でも、一皮むけば不平不満やお(かみ)の悪口が出てくるのが普通。 口の軽くて悪い奴らから、そういう話を聞くのも面白い。 「りったんの自慢話によるかなぁ。ほら、お姉ちゃん的に裏取りしたい的な? りったんって、人の悪口を言うのが苦手じゃん? もっと言ってこうぜ! 今日は朝まで、夫の悪口大会開催っ」 「えぇ? 結局、泊まるってこと? どういうこと?」 わたしのノリが分からずに困惑するりったんを無視して「いいから話しなさいよ」と押し通す。

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