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【幕間2】夫の悪口大会

「泊まるかもしれないし、泊まらないかもしれないって、とりあえず、伝えておくよ。待ってて」 りったんは席を立ち、扉を開けて左右を見る。 扉の外に侍女が控えているわけではないらしい。 部屋まで案内してくれた使用人は、わたしを置いて持ち場に戻っていった。 公爵夫人なのに専用のメイドがいない。 国によって風習は違う、メイドの取り扱い。 とはいえ、これは冷遇ではないのかと勘繰りたくなる。 お姉さんはそういうのに敏感な性質なんです。 「りったん、メイドはー?」 「なに? お茶のおかわり? 待ってて、てば」 さっきまでの余所余所しさが嘘のようなりったん。 この家について、早々は、馬鹿丁寧に接してきた。 わざわざ心配になって他国から訪ねてきたのにさみしい。 でも、それもまたいつものりったんだ。 わたしとりったんの仲じゃないと背中を叩けば、緊張が解けたのか、この態度なんだから、かわいい奴。 繊細なのか図太いのかよくわかんない姿に気が抜ける。 「冷めたから、あたらしいのが欲しい? 入れ直す?」 使用人に指示を出し終えたのか、りったんが戻ってきた。 わたしのためにわざわざお茶の用意をしてくれる。だけど、そういうことじゃないんだよなあ。 「りったんじゃなくて、メイドが用意するもんじゃない? ここって、公爵家でしょう」 「……そうなんだけど」 言い難そうに視線をさまよわせるりったん。 りったんのガチ姉だと、こういう態度をすると大体怒鳴りだす。 わたしは気が短いクソ女じゃないので、りったんの覚悟が決まるまで待っていてあげる。 言葉で誰かを傷つけないために想像で話すとき、りったんはいつでも慎重なのだと、わたしは分かってる。 「男だから、女性に着替えを手伝ってもらうのは、恥ずかしいって、ちょっと、俺から言ったからさ」 「昨夜はお楽しみでしたねって言われたら、りったんってば、恥ずかしさで泣きそうだもんねぇ」 メイドとしては、旦那様とラブラブで良かったですねという言葉でも、りったんからすると、お願いだから触れないで案件。 「ってもさぁ、日常的な雑用をしてくれるメイドが居ないのは別問題じゃない? 身支度だけキャンセルでさ」 「居なくても今のところ困ってないから……正式な来客には使用人が壁にずらっと、並んでいたりするしさ」 「へー? そーですかー、わたしって正式な来客じゃないのぉ?」 「しーちゃんは、俺と二人で気兼ねなく話す方がいいだろ。使用人が居たら、ちゃんとしたお姫さまみたいな感じになるじゃん」 嫁いだ家が家なので、ちゃんとしたお姫様でーすと言いたいが、りったんには、お姫様あつかいではなく、親戚のお姉ちゃんのしーちゃんでいい。それを分かっててくれるから、りったんは良い。 「それでお茶は?」 「冷めてもおいしいから、これでいいわ。ねえ、これって高い?」 薄いピンク色のかわいいお茶の色は、ちょっぴり酸っぱいけれど、お菓子の甘さを中和するのにとてもいい。 この国のお菓子は砂糖を使い過ぎだ。 りったんも高級なお菓子よりも果物なんかの自然な甘さが好き。 「グラムで金貨数枚」 「馬鹿たかっ。このお茶数杯でドレス買えちゃう系かぁ」 「飲み終わったお茶の葉で糸を染めると綺麗なんだよ」 お茶そのものよりも糸を染めることを楽しみにしているりったんらしさに呆れる。 同世代の貴族令嬢がそんなことを言っていたら、庶民は気取って点数稼ぎかよと言いたくなる。けど、りったんは純度の高いガチ庶民派だから、あおりにもならない。 「俺が好きだって言ったら、アリリオさまが農園と契約したみたいで……優先的に公爵家に卸してくれるんだって」 夫の悪口大会だと言ってるのをガン無視して、惚気るりったん。 旦那様は、なんたって英雄、カーヴルグス・ヴィクト・アリリオさま。彼ともなれば、お高いお茶の葉を栽培する農園をまるごと買い取ることだって出来るはずだ。 むしろ、優先的に卸す契約だけで済ませるなんてケチ臭い。 「そこ、魔獣に襲われた農園でさ、お茶の葉は、魔獣と接触した可能性があるから全部処分する必要があるって……でも、魔獣によってお茶の葉が汚染されることなんかないのに、もったいないよね」 「ははあー、旦那様にそう言った?」 「貴族向けの高級品を安く流通させたりするのはよくないから、公爵家で買い取りって形にするって。自由に飲んでいいって」 笑顔のりったんにつられて笑うが、。 他国に嫁いだとはいえ、わたしだってこの国の魔獣に対する意識を知っている。りったんの魔獣も自然災害の一部に過ぎないっていう考えは結構、最先端なもので、未だに神が与えた天罰説が根強い。 魔獣が出没した土地というのは、神からの天罰を受けた土地なので、農作物だけではなく、人間すら嫌われる。 りったん自慢の旦那様が英雄として崇められるのは、魔獣を討伐することで罪が(あがな)われると思われているからだ。 人類を代表して、英雄であるりったんの旦那様が罰の象徴である魔獣を退けてくれている、そういう考えが貴族でも庶民でも普通になっている。 魔獣が出た農園のお茶なんて、忌避される厄。 家の中に入れるのは、リスキーだ。 信心深い家なら離縁され、叩きだされても文句が言えない思想だ。 単純にお茶が美味しいなんて話で済まない。 それを旦那様は黙認するどころか、りったんを喜ばせるために農園を支援している。 現場で活躍している英雄様は迷信など信じていないにしても、他の家の目が怖くないのは素晴らしい。 さすがは公爵家のご当主様だ。りったんへの並大抵ではない溺愛っぷりを知ってしまうと酸っぱいお茶がお菓子抜きでちょうどいい。 「りったんは、人を助ける人って大好きだもんねぇ。英雄様かっこうぃぃってなってんの?」 「アリリオさまは、格好いいけど、そういうミーハーな、そういうんじゃない。だって。ほんとう、忙しいし、頑張っているんだから」 どう考えてもベタ惚れなりったんに安心する。 りったんは真面目なので、同性婚とか、この国では一般的ではない状況に置かれることにストレスを感じている。 たとえ、好きになったとしても、上手く表現できないんじゃないかと心配していた。 いつだって、りったんは女系のエビータの中で自分はおかしいんじゃないかと、怯えていた。 ちいさなりったんが「男じゃないほうが、良かったのかな」と膝を抱えていたことをわたしは覚えている。 感じている心細さに寄り添うことが、わたしは上手くできなかった。どんな言葉をかけたとしても、安全圏からの冷やかしだ。 同じ立場じゃなければ、言葉は届かない。 悩みや愚痴を言って欲しいと思っても、さみしさしか言わない。 どうにもできないさみしさを、どうにかしてくれるのは、わたしたちエビータの場合は夫になる相手だけだ。 りったんがりったんじゃなかったら、わたしは男嫌いになっていた。男女で違う考えでもいいと思えたのは、りったんのおかげだ。 そう言ったところで、りったんの慰めにはならないと分かってるのが悔しい。 りったんのクソ姉たちは気軽に自信を持てとりったんの尻を叩いて、その癖、ダメ出しをしたり、言いたい放題にこきおろす。 けど、わたしは、りったんはりったんのままでいいと思ってる。

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