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【13a】フェティシズム大事典

俺はちゃんとアリリオさまに訴えた。 『おしりに、やさしくしてくださいっ!』 そんな言葉だけではない。 ここが踏ん張りどころだと思った俺は加えて言った。 『お、俺の、おしりは、アリリオさまの、専用なので……果物を入れないでくださいっ』 ちゃんと、しっかり、わりと強めに俺は言ったのだ。 言ったのに、結果がこれだ。 ラチリンでパンパンなお腹を撫でながら、他人に期待するなという母や姉たちの含蓄のある言葉を思い出す。 人を信じて裏切られるよりは、信じない道を選ぶべきなのか。 いいや、こんなことでくじけてはいられない。 アリリオさまがポンコツクソ野郎でも俺がまともであればいい。 そう思うのだが、本気でアリリオさまの考えが分からない。 部屋の出入り口に立っているリーとライに聞ける話じゃない。 どれだけ立派な体格でも彼女たちは女性だ。 とてもじゃないが、こんな内容をたずねられない。 寝室のベッドの位置が変えられており、出入り口付近からでは、俺がよく見えないようになっている。 俺のお腹がパンパンになっているのを知っているのは、俺のお腹をパンパンにした犯人であるアリリオさまだけだ。 昼食の配膳も全て、ご自身で行われていた。 俺が病に伏せているのなら、やつれた姿を他人に見せない気遣いと優しさに感動したかもしれないが、人為的な体調不良だ。 どうして、アリリオさまはこれほど怒っているのだろう。 まずは、そこから解明するべきかもしれない。 リーとライにたずねる前に俺は手元の本に目を向ける。 エビータの私小説という名の貴族の性癖博覧会の記録だ。 お腹が重い俺は、アリリオさまにお願いして本を持ってきてもらうという苦行を乗り越えた。 アリリオさまは「貴様の趣味は変態的だな」と本を受け取る俺に吐き捨てた。読んだのかとは聞けずに「なに言ってるのか分かりません」という顔で、アリリオさまの口元のホクロを見つめた。 寿命が百年ぐらい縮まった気がするので、俺はすでに死んでいるのかもしれない。 ◆◆◆ エビータの私小説にはいくつかの分類がある。 執筆者である人物の性格によって、内容が変わるのは当たり前だ。 本は、複製本といって異能により複製されて一般的に流通している本から、原本といって、オリジナルの一冊のものから様々だ。 俺が気に入っているエビータの私小説は、お金さえあれば庶民も購入可能な波乱万丈な恋愛小説。 紆余曲折を経て結ばれる二人のロマンチックな姿は憧れる。 男と結婚すると決まった段階で、ときめきゼロの友愛路線だと思ったが、人生はなかなか分からないものだ。 心の底に封じていた渇望が、死を自覚して湧きあがっているせいか、俺はアリリオさまと恋をしたがっている。 愛していると何度か口に出したのは、自分の気持ちを確認したいからだ。危険から逃げるための手段、助かるための命綱、そんな風にアリリオさまのことを利用しようとは思わない。 生きるために必要なことは、肉体の無事だけじゃない。 だが、相手はアリリオさまだ。 魔獣を討伐するみんなが崇める英雄だが、俺への言動がポンコツクソ野郎な、アリリオさまだ。 どれほど好意的に解釈しようと思っても、限界がある。俺がされているのは嫌がらせだ。嫌われていると思うと胸が痛む。 ただでさえ、つねられた乳首は痛いのだから、やめて欲しい。 何が悪かったのかと泣きたくなる気持ちを更に絶望へと導く恐ろしい記述を本の中から見つける。 俺が手にしている本は、一般的流通している恋愛小説ではない。 エビータの中で代々受け継がれている、一冊限りの本。 姉たちが、自分が読み終わったとか、使えるから読んどきなさいと俺に渡してくれた本の一つだ。 タイトルは『フェティシズム大事典~例題も添えて~』という、大変学術的な内容になっている真面目な本だ。 分厚い本なので、読んでいると眠くなるのが難点だが、逆にアリリオさまとの営みをキャンセルするために眠気を呼び込むのに使っていた。疲れているアピールにより、長時間耐久セックスを勘弁いただくという頭のいい考えだ。 起きた時の穴具合から、睡眠中の俺がどうにかされている気もするが、怖いのでアリリオさまに確認は取っていない。 無断で穴を使われようとも、子作りさえ終われば寝室を別にして平穏な夜がやってくると思っていたので、いろんな不都合を気にしないことにしていた。 今後、アリリオさまの性欲を俺の手で握るのだから、無視せずに立ち向かわなければいけない。 たとえば、この本の内容をアリリオさまが読んでいたとしたら、どうなるだろう。例題を試したくなるのだろうか。 ふと、目に入った項目は『産卵プレイ』。 内容の説明はいろいろと書かれているが問題はそこではない。 『夫婦ならば、必ずするべきお約束のプレイである』 絶対に嘘だ。 誰だ、これを編集したのは。 妊娠しているのに、更に産卵ってどれだけ背徳を積み上げるつもりなんだ。

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