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【15a】概念的処女
アリリオさまに言い含められているのか、リーとライは出入り口付近から動かない。
話をするなら近くに来て声を届けそうなものだが、直立不動だ。
リーの声は、高すぎず低すぎずで発音も聞き取りやすい。
広い寝室の中でもよく聞こえる。
ライの相槌は聞こえないので動作を見ていなければ気づけない。
頭が上下に動いていたり、横に傾いたりと、ライの体は感情表現が豊かだ。
動けなくなっている俺への配慮なのか、目の前に魔道具の鏡がある。鏡は見たいものを見せてくれたり、対になる鏡と出入りを可能にしている。鏡がどこに繋がっているのか俺は知らないが、アリリオさまは、鏡を使った移動が多い。
俺の見たいものであるリーとライの姿が鏡に映っている。
体は未だに目が慣れない大柄さだが、本を大切に持っていてくれる姿に胸がときめく。自分が壁に叩きつけたかった本とはいえ、エビータの知恵袋の一部だ。
セックスに関するものではなく、口づけ特集やデートプランの組み立て方講座からが、俺には合っていたのだ。
本が悪いんじゃない。タイミングが悪かったんだ。あれはきっと熟年夫婦が全てをやり終えた後の楽しみとして始める淫蕩生活への誘いだ。素人が手を出していいものじゃない。
大きくなっている自分のお腹を見て、ぎゃふんと言いたくなった。すでに手遅れだった。
「奥様は先程、ご本に目を通すと眠くなるとおっしゃいましたね?」
「うん、恥ずかしい話だけど……文字が細かいからかな?」
「読むことが出来る箇所があったから、驚いた、と」
「……ちょ、ちょうど、その、アリリオさまと、その……でも、あれ、これってそんなに、一般的ではないと思うんだけど」
つい、リーが話を聞いてくれる姿勢を見せてくれて、嬉しくなってベラベラと口を開いてしまった。
頭の中ではストップセクハラと止める自分がいるのに悩んでいるので聞いて欲しいとも強く思っている。
「旦那様との夜のお話を奥様から聞き出そうとして、申し訳ございません。具体的なことは、胸に秘められて、大丈夫でございます」
「いや、こっちが、なんか、言い出しててごめん」
鏡に映っているので、リーと対面している感覚だが、あちらからするとベッドにいるシルエットだけの俺に向けて話している形だ。
無表情で淡々としていた初対面とは打って変わって、リーの表情が見える。ライは涙をぬぐっている。
彼女たちは、表情が大きく動かないだけで、感情は素直で優しい。
不思議と孤児院の子供たちを見ている気持ちになる。
笑いかけてもらってない子供たちは笑顔を知らない。
怒鳴られて育った子供は怒鳴られる以外のコミュニケーションの取り方を知らない。
怒鳴らなくても人に考えを伝えられると教えると、怒鳴らなくなっていく。そんな素直な子供たちをリーとライを見ていると連想する。裏表がなくて、真っ直ぐだということかもしれない。
「奥様は、処女なのです」
「は? いや、……でも、え?」
「一族の人間でも、未成熟な子供や処女は内容が分からないようにフィルターをかけられていると前書きにあります」
妊娠している俺に向かって、処女とはどういうことか。
パンパンにされたお腹の秘密が知りたかった俺が、まったく違う秘密に触れることになる。
「概念的処女とでも言いましょうか……旦那様と行為をされ、身籠ってなお、奥様は清らかであり、読む権利がないとこちらのご本は判断されたようです」
さっぱり理解が出来ない。
本に処女認定されていたから、読んだら眠くなって、内容も覚えていない状態になっていたなんて、思いつきもしない。
「旦那様とおこなった行為の項目だけは、読めるようになっているのかもしれません。前書きの説明に部分解除の項目があり、望まない行為をされた場合は、処女性を保存したまま、該当項目を閲覧することが可能だと。『あなたは何も悪くないから、正しい場合を勉強しましょう』とあります」
リーが悲しそうに眉を寄せる。ライも肩を落としている。
そのまま受け取ると俺がアリリオさまにレイプ被害を受けている感じになってしまう。
アリリオさまをふにゃちん野郎だと思っていたから、空回りしている俺を元々、二人は哀れんでいた。
それに加えて、今回の新事実で、すごく同情されている。
ふにゃちん野郎から一転して、アリリオさまに鬼畜レイパーの称号が授与されてしまう。俺視点で言えば、間違っていないけれど、二人にそんな風に思われるわけにはいかない。
「望まない行為とか、じゃない……よ」
声が小さくて、白々しくなってしまった。
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