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【16a】言い訳作り

俺から、甘いラチリンの香りがする。 口に入れたら幸せになれる高級品がおしりに収納されている。 皮に包まれているから、中身は綺麗だ理論は、湯船でも、おしりでも俺は適用できないと思っている。けれど、今、ラチリンが取り出せたらうっかり口にしたかもしれない。 そのぐらい、精神的に疲れてしまった。 「俺は処女なんかじゃないから! アリリオさまと、ちゃんとしてるから。子供は想像妊娠とか、空想上の産物じゃないから!」 「あれだけ、夜の魔物でお誘いになったにもかかわらず、寝るだけで済ませることが多い旦那様……奥様が処女をこじらせても仕方がありません」 全然自覚がなかったけど、俺って処女をこじらせてるのか。そうだったのか。 自分でも夢見がちだという自覚はあった。 求める理想が高すぎるから、いちいちガッカリする。 アリリオさまという英雄と結婚できただけでありがたく思わないといけないと頭では分かっている。 安産の異能を持つエビータの立場は低くないから、俺が下手(したて)に出るのは違う。エビータのプライドのような顔をして居座っているのは、俺自身の自尊心だ。 言葉でも、態度でも、当たり障りなく、そこそこ教養を見せつつ接することで、誤魔化していたが、婚約中からずっと心は閉じている。 期待に応えてもらえるのを執念深くジッと待っている。 この場合、俺が期待していたものとは何か。 「奥様の初夜は始まってもいなかったのですね」 リーの言葉に俺の中の夢見がちな自分が大きく頷いている。 愛の告白は「愛することはない」と言われた時点で諦められても、初夜には夢を見ていたらしい。 里帰りした姉や親戚たちは、自分の夫の素晴らしさを言い合う。 特に初夜に対する自慢は多かった。 どれだけ大切にされたか、どれだけ愛されているかを姉たちは語る。「私はお前を愛することはない」と言われた俺は、不安に飲み込まれているつもりで、大きな期待の中にいた。 諦めているのに期待しているなんて、矛盾している。 気持ちを簡単に切り替えられない、子供だった。 姉たちの幸せな話と同じようになりたいと思いながら、男の自分では難しいと引け目があった。 だから、本も、香水も、理想と違うことへの言い訳作りだ。 体が弱いと嘘を吐いて、理想とは正反対の行為との接触を避けていた。俺の中での子作りは、愛が前提だが、最悪でも快楽は欲しい。 気持ちがよくないセックスは、セックスではない。 その場の勢いでしかない、アリリオさまを丸め込むための手段として、男はスケベだと言ったが、あれは事実だった。 アリリオさまを揶揄しているようでいて、俺自身の本音だ。 俺はやっぱり、スケベだった。 ちゃんとした、正しいセックスがしたい。 その意識が、きっと誰よりも高かった。 物言わぬ本に処女判定を食らうレベルで、理想のセックスに対してのこだわりがある。 徐々にアリリオさまに染み込んでいけばいいというのは欺瞞だ。 自分の理想のハードルを下げるための妥協。 俺は初体験となる初夜から理想的なセックスライフであって欲しかった。 美貌の英雄がセックスが下手だということを受け入れなかった。改善を要求する身分にないと言い訳して、初夜自体をなかったことにしている。 自分に魅力がないから、アリリオさまがノーテクニシャンなのかと思うといろんな意味で悲しくなってくる。 理想を実現するための努力よりも、我慢をすることで、問題を先送りにした。 またしても、俺はその事実を突きつけられることになった。 アリリオさまが本当はベラドンナのような、豊満な女体を好き勝手したいのなら、我慢していることになる。 アリリオさまが我慢しているなら、俺も我慢しなければならないと、耐久レースに乗っかった。 子作りが苦しいものだとしても、お互いに我慢しているのだから、公平だと思い込む。 俺の体でアリリオさまが気持ちよくなっているなら、嬉しい気持ち以上に不公平さがムカつく。 今はその不公平さを逆手に取ると意気込んでいるが、俺たちの力関係はすでに壊れている。 主導権をとることも出来ず、俺はベッドの住人だ。 「奥様、まずは理想の初夜を思い描いて見てはいかがでしょう。そして、苦痛かもしれませんが、当時の初夜を思い出せば足りないものが見えてくるはずです」 リーの合理的な意見にうなずくが、考えなくてもすぐに分かった。 足りなかったのは、愛と快楽だ。

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