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【17a-2】先祖返り
「手に取らせていただき、感謝いたします。素晴らしい手触りの、希少本……いいえ、アーティファクトでしょうね。光栄の極み」
「俺もこの本の装丁が好きなんだ。内容はビックリしたけど、この表紙の模様が優雅でいいよね」
思わず、この色合いが好きだと言いそうになったが、飲み込んでおく。
セクハラを大目に見てくれても、さすがにこの発言は嫌われてしまう。
色の良し悪しを口にしてはいけない。
この国では、単色ではない本の表紙が目に入るのもよくないのかもしれない。
そう思いながらカバーをかけて隠すのが嫌だった。
この部屋の中も、屋敷の外も、公爵家だからか、歩いているだけで、いろんな色が目に映る。
とある廊下には、モノクロではない肖像画が飾られていて、よく見に行っている。
「アーティファクトは壊れないからこそ、勇者が残したものだって言われているよね? もし、この本のページが破れていたとしたら理由は分かるかな?」
「そちらのご本が破かれているのでしたら、犯人は旦那様かと愚考いたします」
「や、やっぱり?」
「奥様は眠っている時に掴んでいるものを抱き寄せる癖がおありだとか。旦那様の言い様ですと本を抱きこまれていたのでは?」
初耳なことが多い。
起きたときにアリリオさまにしがみついて起きて、驚いてベッドから落ちたことは何度かある。意識が飛びかけるときほど、何かに抱き着くことはあるかもしれない。
「リーは、どうして俺の癖を……今の言い方だとアリリオさまに聞いたみたいだけど」
「意識が飛びかけているときに、絶対に触れるなと厳命されました」
リーの言葉にライが「んだんだ」と言っているリアクションをとる。ライの何か言いたそうな顔に気づいたリーが補足する。
「階段の上でめまい起こされ、足を踏み外された場合でも触れないほうがいいのかとお聞きしましたら、階段を使わせるなとのことでした。奥様は原則として、鏡渡りで移動ください」
鏡を使った移動は、最初にこの家に来たときに一度使ったら、アリリオさまに怒られたので、二度目はない。
「旦那様は……傾向から申し上げますと、先祖返りなのではないかと愚考いたします」
「先祖って、魔王?」
「その血統ですね。言動と能力を考えまして、魔王となりえる要素を満たしているかと――もちろん、旦那様には奥様がいらっしゃいますので、魔王になることはありえません」
リーが出すぎた真似をしましたと頭を下げる。
深く下げられた頭は俺が許すまで下げられたままだろう。
自分が首になる覚悟で、リーは話してくれた。
リーの横でライが同じように頭を下げた。
これは、リーを許してくれということだ。
王族と魔王をイコールで結ぶのは、この国では当然タブーだが、リーはあえて口にした。
「アリリオさまが魔王になったら、リーは実家に帰る?」
「いえ、相応の理由がおありになるのでしょうから、このまま……いいえ、違います。我々は、そのときには生きておりません」
アリリオさまが魔王になったら、使用人は殺されるのだろうか。
八つ当たりに近しい人間を殺すという記述は見たことがあるかもしれない。
魔王というのは、世界を書き換えられる存在のことを言う。
魔族だけが魔王になるわけではない。
この世のすべての災厄が魔王の手に握られる。
魔とは、厄だ。
厄とは人間の利益にならないものを言う。
そのため、魔獣を人が使役した場合、魔獣というカテゴリーから外れることもある。
魔王の発生条件は、一般には知られていないがエビータにはいくつかの過去の歴史書が残っている。
大国が後継者問題で三つに領土を分け、そのうち名前も分けた。
我が国を含めた近隣の三国の王族の血は遡れば同一ということになる。その大本の大国の王の血が、アリリオさまに流れている王族の血であり、魔王の血でもある。
魔王の直系ではないけれど、系譜をたどると魔王になった王族の血筋と繋がるので、戦わないくせに魔獣根絶を唱える宗教関係者と王族は微妙な関係だ。
ガメメが王族の祝いの料理であるなら、王族の中で魔王もまた悪しきものだと思っていないのかもしれない。
この辺りの話はアリリオさまと話したことはない。
魔王は愛する人のことしか考えていないから、人間の敵になった。
自分の大切な人を守るために魔王という役職を得た、愛の人だ。
少なくともエビータではそう教えている。
アリリオさまよりも、失礼だが、魔王になれそうなのは俺たちの息子ではないだろうか。能力的にも、性格的にも。
家族だから当然かもしれないが、ずっと俺のことを思ってくれていた。息子だから当たり前とは言えない。姉たちは、自分の種である父に対して、感謝などしていない。
そんなことを思いながら、本の破れたページをいじる。
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