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《18a-1》美貌の少年
◆◆◆◇◇◇
色彩豊かな花畑に平和そうな顔で寝転んでいる男がひとり。俺だ。
藍色の服に金糸で刺繍された袖口や襟元。
肌触りのいいワンピース型の服を着ている。
「ちょっと、リオくん。ズボンはいてよ」
立派な服で花畑で寝転がっていることへの文句はない。
青年と言って差し支えない少年は、老人の白髪とは違う光沢のある青みがかった銀髪とアイスブルーの瞳をしていた。
伸ばした髪をうなじで雑に結んでいる。
美しい容姿を生かそうという努力がない。それでも綺麗だった。
「リオくん? また、くだらないこと考えてる?」
失礼なことを言われた。
気づいたら死体の山の中で立ち尽くしていた俺を連れだしてくれたのが、目の前の少年ヴィーラだ。
美貌の少年が身元不明な無職(俺)の面倒見てくれている。
「こんなキラキラな美少年が、俺の尽くしてくれている現状に疑問がつきない」
「褒めてくれるのは良いけど、別に尽くしてるわけじゃないよ」
「記憶喪失の無職の平凡地味顔男って何の役に立つんだよ。せめて、この顔なら、肉体労働が向く体であれ!」
「リオくん、ないものねだりって言葉知ってる?」
「俺だって……がんばれば、筋肉がつく、はず……」
土いじりをしたら手が痛くなったし、二日ほど寝込んだ。
ヴィーラは、森があるんだから、自分で畑をやる必要はないと呆れていた。
森はクマやオオカミに追いかけられて、嫌だった。ヴィーラが言うには危ない動物は追い払ったから安心していいらしい。
そんなわけで、体を鍛えもせず、毎日ゴロゴロしている。
こういう時はいつもお茶を入れて本を読むのだけれど、俺にはその記憶がない。自分の中から「いつも」こうしていたと浮かぶ「いつも」記憶が俺にはない。
舌がお茶の味を覚えているからか、喉が渇く。
これはヴィーラに言われた通り、ないものねだりだ。
「これだけ、丈が長いんだから、ズボンは必要ない」
「下着もつけてないだろ。お腹冷えちゃうよ」
「女子はスカートをはいて、男子はスカートをはいたらズボンをはく。それっておかしくないか? 女子のほうが、お腹を冷やさないほうがいいってのに」
「神官服はスカートじゃないよ。ストンッとした服がいいって言うから、それにしたけど、失敗だった?」
藍色の服は俺の黒髪に似合っていると思うので、いつでも着ていたい。だが、これは普段着ではない一張羅なのかもしれない。
「ヴィーラがそこまで言うなら着てやるか」
「体を冷やしちゃダメだよ」
優しくお腹をポンポンと叩かれる。
実は、先日ヴィーラにプロポーズをされた。
結婚なんて男同士でするものじゃないと思うが、抵抗はなかった。
プロポーズを受け入れたい気持ちよりも記憶がない自分への不安が大きい。妻が居たり、子持ちだったらどうするんだと聞いたら、記憶にない過去のことは捨てて、これから先の未来を一緒に過ごして欲しいと返された。
その考え方はとてもいいと思うのにヴィーラが悲しそうだったので、うなずいてはいけないと感じた。きっと、ヴィーラは俺のなくなった記憶の中にもいる。名前に聞き覚えがある。
なんでもない俺を無償で助けるほどお人好しではないはずだ。
昔の記憶を諦めるということは、ヴィーラとの思い出を捨てることになる。
「リオくん、俺の子供を産んでくれる?」
ヴィーラの言葉に俺は起き上がろうとする体から力を抜く。
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