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《18a-2》愛情の証明

「結婚は出来なくても、子供は作れる? ああ、子供が欲しい?」 「男同士で子供は作れねえだろ」 「リオくんが望めば生まれると思うよ」 子供が欲しいのか聞かれたら、当然欲しいと答えたい。 理由らしい理由は思い浮かばない。 そのために生まれてきたのだと教えられた。 家族の記憶もないのに刷り込まれた思想がある。 「子供が――欲しい、いや、そうじゃない。居たんだ。ちゃんと、できた。愛が、愛がなくっちゃ、子供はできない。そう聞いてたから、できないのは、当たり前で、いくら、体を重ねたって意味がない。そこに愛がなければ――だから、出来て、居てくれ、うれしかったのに……けど、なかった、愛は、なかった」 お腹の中に愛情の証明を手に入れて浮かれていた。 愛し合わないと異能が発動しないなんて面倒な話だと本心ではない毒を吐きながら、お腹の存在に幸せな気持ちになった。 愛にはいろんな種類がある。 恋愛じゃなくてもいい。右腕ではなくても彼にとって必要不可欠な存在になれたなら、友愛からくる親愛を得られる。 その証明が目に見える形で自分の中にある。 幸せだったからこそ、愛などないという事実を突きつけられて俺は死んだ。俺の心は死んでいた。 図太くて生き汚い俺の一部は、愛の結晶であるはずの子供に執着していた。子供がいるなら、彼から与えられたものが何もなくても、俺の中には愛があったと証明できる。 大人になったはずなのに、子供の時よりひどく泣いている。 「触れられなかった、声をかけることも出来なかった、居たのに、ちゃんと居たはずなのに」 情けなさや悔しさよりも、心にあるのは悲しさだけだ。 泣きながら、誰に訴えたところでこの苦しみを理解してくれるはずがないと目の前にいるヴィーラに対して、酷いことを思う。 「だいじょうぶだよ、リオくん。ちゃんと居るから」 俺の上半身を起こして、抱きしめられる。 優しい抱きしめ方は、俺の知らないものだ。 いつか、誰かに同じ体勢で抱きしめられたのにあのときは不満しかなかった。力に任せた不器用なそれは、人との触れ合いになれていないことを証明していた。 触れたくないから体に力が入っているのかと誤解するほど、ぎこちない誰かの腕の中で、これが夫になった相手なら良かったとありえないことを願っていた。 最期に考えていたのは、自分が産んだ、あれだけ望んでいたあの子のことではなく、自分が役立たずだったということだ。 夫になった相手から役に立つ人間だと思われたいだけの人生だった。 自分が産み落とした者の行く末を案じることもない薄情な親だ。 役に立ちたいというのは、子供の構われたい感情と同じかもしれない。 家の手伝いをすれば、母は喜んでくれる。 それは幼い俺の勘違いで、息子に皿洗いをさせたと父から怒られるので、母は俺の手伝いを嫌がっていた。そんなこと、思いつきもしないで、母の仕事を手伝うつもりで台所に立っていた。 母から直接言われるまで、俺は自分が良い子だと思っていた。 違っていた。本当は自分のことしか考えていない悪い子だった。 喜んでもらいたいという感情は押しつけでしかなく、善意はいつだって独りよがりな偽善でしかない。 「わかってるんだ、いまさら、あの子に会っても……無責任だって、全部、俺が、悪いんだ。逃げていたから、負けたんだ、だから」 自分の子供にすら恨まれているだろうと思うと情けない。 悲しさなど押し流すほどの強烈な自己嫌悪。 どうして生きているのか分からない。 それでも、誰にも愛されず、誰からも必要とされず、子供にだって恨まれているだろうことは分かっている。 「リオくんの子は恨み言を口にする根暗?」 「わかんない。わかんないから――」 「自分が一番イヤで、一番怖いものを想像する? でもさ、それは現実じゃないよ。リオくんの頭の中にあることだ」 「でも、聞けない。もっと、酷いこともあるかもしれない」 涙をぬぐったヴィーラはアイスブルーの瞳で俺を見つめる。 侮蔑も、嫌悪も、憎しみも、その瞳にはない。 冷たい印象になりそうな美しい顔立ちが、どこまでも優しい。 瞳は、俺を傷つけたりしないと伝えてくれている。 「息子から愛されるのは、ひどいこと?」 ヴィーラは俺の髪の毛を一房とって、くちづけた。 失われた記憶が戻っていく。 名前に聞き覚えがあるはずだ。 俺が名付けた息子の名前だ。

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