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〔二a〕多大なる負荷
本の価値やそれを侍女に渡すことの意味を指摘すれば、納得した顔をするが、言い足りないという表情だ。
今まではその表情を変えるように笑ったり、息を吐きだして遠くを見ていた。少し待てば、以前と違って口から不満は出てきた。
「アリリオさまも、価値があるものの使い方が独特ですよ。ラチリンはとても美味しいものなのに、こんな使い方をして」
ラチリンに限って言えば、食べるほうが贅沢な使い方だ。
夜の魔物と呼ばれる香水の原料の一つになったせいで、香りばかりを持ち上げられて、生食の需要が減った。
現在、栽培されているのは、香水の加工に適したラチリンなので、果肉部分が少なく硬い。
彼の中に入れたものとは、ラチリンといっても種類が違っている。
栽培数が減った、生食可能な種類のラチリンは希少になり、高値で取引されるようになった。食べる香水という宣伝文句が貴族に受けているので、値段は上がり続けている。
そんな貴重なものを性具代わりに使うべきじゃないという彼の言い分はある意味正しいが、自分のことを分かっていない。興奮剤が入っている夜の魔物を身につけさせるわけにはいかない。
性行為で意識を飛ばす自分の貧弱さへの理解が足りない。
黙って見ていると下を脱いで、ベッドに膝立ちになって腹部に力を入れる。声を殺すためか、上着の裾を口にくわえた。
恥ずかしげもなくラチリンを体外に出す姿に浴室で涙目で懇願された違いを考える。そろそろ仕事に戻るべきではあるが、また浴室でのときのようにラチリンを取り出したいので助けてくれと言われると思っていた。
「ん……ふぅ、んぅ」
細長いキュルーリと違って、球体であるラチリンは、取り出し難いようだ。
目を閉じて、服の裾を噛みしめながら、息が漏れている。
顔を見つめていようと思ったが、すこし場所を移動して、ぶるぶる震えている勃起している性器や臀部を見つめる。
腰を叩けば簡単に出てきそうな気もするが、触れずに見ているとふたつ産み落としただけで、体力を使い切ったように大きく息を吐きだした。
噛んでいた服の裾が口から離れて、自分の性器に触れたことに不愉快そうな顔をしたと思ったら、掛け布団をまとめて抱きついた。
ときどき、こういうことをするので掛け布団をとりあげて、私に抱き着かせている。起きた時によくわからないという顔をへらへらとした笑いで隠しながら謝ってくる。
自分は寝相は悪くないと思っている顔で、口先だけで謝ってくる姿は面白いが、眠っている時に抱き着く性質は、私だけとも限らない。馬小屋で馬と密着して、獣臭くなっていたことがある。
寒さをしのぐためだというので、抱きしめてやろうとしたら「二日ほど水浴びをしてないので」と断られた。
湧き水はあっても、川が見つけにくい場所にいたので、入浴が出来ないのは当たり前だ。
その点は私も理解していたので、身綺麗にしろと言っていないが、腕の中でひたすら縮こまっていた。マントを渡すと申し訳なさそうな顔をしながら、あきらかに安堵していた。
腰を上げるようにした、前傾姿勢で布団に抱き着いている姿は、見苦しいはずだが、まばたきを許さないものがある。
呻きつつも、吐き出される吐息の熱さは情事のときのものといって、差し支えない。
部屋の扉に視線を向けていたので、侍女に観察されることを恐れていたのだろう。手元にあるエビータの本には、野外セックスの勧めという項目があった。読んでいる限りだと、他人の目が気になる人種は、誰も居ない山の中では開放的になるが、人の気配がする場所では、恐怖と不快感ばかりで気持ちよくないという。
恐怖と不快感という負の感情は、性行為をする上で最終的には刺激物として、性生活を豊かにしてくれるが、初心者は手を出してはいけないという。
私は初心者をすでに卒業していると思うが、彼はいつまでも成長がなく初心なままだ。
本が「これを読める状態にある者は、すでにエビータから多かれ少なかれ、不満を抱かれている」と、勘違いするほど、彼は性的な接触を求めながらも、体がついていっていない。
彼がラチリンを体外に排出している姿は、ガメメの産卵の場面を思い出す。ゆっくり時間をかけて頑張っているが、疲れているのが目に見えた。手助けをしたい気持ちと股間が発する痛みの報復として、出かかっているラチリンを押し込みたい衝動に駆られる。
卑猥さを出す尻を叩きたくなるが、こちらを批難するような目で見上げてくるのは分かっているので、動かないよう自制する。
上着を脱がないせいで、下半身の卑猥さに反して、上半身は一見すると普通に見える。
「あー、もう、だめぇ」
しばらく、ガメメの真似をして、産卵していた彼が唐突にベッドの上を転がった。同じ体勢ばかりで、体が痛くなったのかもしれない。寝起きに足がつったと騒いで、ベッドの中で転がりだすことがある。揉んでやると痛い痛いと言いながら、治ったと礼を言う。
「ありりお、さま……おなか、なでなで、して、ください」
期待のこもったまなざしを無視することは出来ない。触れているのか分からないような力加減で撫でると嬉しそうに笑った。
肌と肌が触れあうだけで気持ちがいいと感じるのだろうか。
「腹を撫でられると気持ちいいのか?」
「なんだか、すごく、ドキドキします。……よるに、えっちを、するんですよね? 子供を作るためじゃなくて」
高揚している気分を隠さずに直接的な言葉でたずねてくる。
夜のためにもこちらの興奮を促すような言動は慎めという意味合いで「そのつもりでいる」と肯定したが、伝わっていないのか、稀に見る緩んだ表情をする。だが、彼はいろんなことへの自覚が足りない。人畜無害な平和そうな顔で、こちらに攻撃を仕掛けてくる。
「あっ、あっ……あぁ、たぶん、いま、アリリオさま、俺の中に、入れてたら、すっごく、気持ちよかったですよ。なか、うねってる」
シーツをぎゅっと握りしてめて、腰を上げてラチリンを出す。
私にラチリンを排泄するところを見せつけたいとしか思えない体勢だ。荒い呼吸の彼を労わる気には到底なれない。
こちらの性器に多大なる負荷をかけている自覚はあるのだろうか。
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