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〔三a〕本の作り方
彼の腹部を撫でるのではなく、ラチリンを探すように押す。
起きたばかりの血の気が引いた顔からは考えられない、汗ばんで火照った顔。はにかむ姿は、攻撃性が高すぎる。
ラチリンが夜の魔物の原材料だと説明して気をそらすが、自分の性器の耐久力を測定している気分になる。
「中イキには俺自身の性感帯の自己開発も必要なので、自主練を頑張りますね」
爽やかな魅力を振りまいているようでいて、卑猥のカタマリだ。
おでこを叩いて本から該当するだろうページを破って渡す。
「え……エビータの叡知が」
「くだらない記述は破り捨てたが、これは、一時分離だ」
「元に戻せるのですか?」
「三日以内に本に挟めば元通りになる。知らないのか? 貴様が大量に持ち込んだ本は、八割以上が、この本の子本か孫本だろう」
本にはいろいろと種類がある。
ただの紙の束から、書籍の形になっている魔道具や絶対に壊れることがない歴史書など、様々にある本のすべての種類を彼は、この家に持ち込んだ。
男なので宝飾品に興味はなく、衣服にもこだわりがない。
調度品は、高級品や流行よりも完成までに時間がかかる伝統技術を使われたものか、年代物を好んでいる。
私たちが使っているベッドは、祖父である前王が使っていたものだ。王宮で燃やされそうになっていたので回収した。
想像通り、彼はベッドの見事な細工が気に入っているのか、ベッドが壊れるから動きを加減をしろと言ってきたり、細工に見惚れて私の話を聞いていないことがある。
王太子には「よくそんな呪われてそうなベッドを使うよなぁ」と驚かれたが、当時、一番腕の立つ職人に作らせたベッドを捨てるのは、文化の軽視だ。
祖父は一晩に十人ほどの女を寝所に呼んでまぐわったらしいので、ベッドの頑丈さは証明されている。
ベッドの上で人が死んでいたとしても、マットレスを交換しているので、問題にはならない。
彼も血痕に気づいたようだが、気味悪がることもなく熱心に掃除をしていた。メイドに頼まないあたり、ベッドを気に入っていたからこそ、自分の手で手入れをしたかったのだろう。
「このアーティファクトは、人々の経験を食らう。正確には、指定された血族の指定された種類の人生経験を自動的に記録し続ける」
先程見たページにも自動筆記により本の中身が書き変わるという記述があった。
本の持ち主の寿命を使ってこういった奇跡を起こす魔道具は、世界にいくらかあるが、この本は膨大な情報を処理しているが、誰にも損をさせていない。
作り出す段階で、世界から切り離す処置をしている。神殿が知れば、神の御業と讃えて、聖典あつかいされたかもしれない。
いつだったか、この本の孫にあたる冊子を腹に入れていたことで、彼は刺されても無傷だった。エビータではみんなやっていることだと言っていたので、この本が特別だと気づいているのだろう。
だが、身近なものであり過ぎると価値を見誤るのかもしれない。
「フェティシズム大事典なので、フェティシズムを収集しているのでしょうね。あ、例題として、添えられたりもするってことか」
後半は独り言だ。私に話しかけながら、ふと、自分自身に向けた言葉を口に出すことがある。
気が緩んでいる証だと思うと喜ばしい。
「嫌ではないのか?」
「個人名が書かれることはないですから、別に。……アリリオさまは、自分がどういう形で記載されるのか気になりませんか?」
本の判断は当てにならない。
昔の人間が基準を作っているのだから、現代人と合わなくても仕方がない。エビータの悦ばせ方と銘打っているので、立場上、私が読まないという選択肢はない。
「やる気があるのなら、その余白に貴様の記述が追加されるやもしれんな」
彼に渡したページは「性感帯を鍛えよう! 自己開発チェックシート」と書かれていた。破る際にいくつかの文字が別のページに避難して、空欄が出来ていた。
破いても本から切り離されたと判定されなければ、ただの紙になりさがったりしない。このままでも立派なアーティファクトだ。
滅びを知らない生きた魔本。
彼は興味深そうに破れたページを見つめて「この数ページが本に育つんですか? 自己開発特集、男のエビータの快楽のススメとかのタイトルになります?」と馬鹿馬鹿しいことを言いだした。
彼自身の自叙伝の書籍化など、私が許すはずがない。
どうしても彼が記録に残したいのなら、私だけが読めるように本の規則を書き換えるが、自動筆記は認めない。後世の人間が彼の恥部に触れることを今から覚悟するのは耐えがたい。
「そんな簡単に本が作られるわけがないだろ。間抜けめ」
彼の発想の豊かさを本が受け入れれば、記述する内容は増え、ただの破れたページは、冊子へと育つだろうが、そうはさせない。
「本が異能によって複製しているのは、分かってます。育つ本への理解は全然ありませんので、聞いております」
アーティファクトだと思わずに手元に置いていたぐらいなので、本当に何も知らないのだろう。ムッとしている彼に告げる。
「本は破ったページに精液や愛液、血液や唾液――この場合なら、記述内容を数時間におよび試した上での祈りと願いがなければ、冊子の形にはならない。これはあくまで、破ったページに過ぎない。生命の息吹が宿っている、脈打つ紙だ」
生きている本のページを増やすのは、子作りや子育てのようなものだ。きちんとした儀式を行わなければ、知識を封じ込めた魔本が白紙の束に変わってしまう。心構えもなく、簡単に出来るものじゃない。諦めて肩でも落とすと思ったが、彼の瞳は輝いていた。
「本の作り方って、えっちなんですね」
作りたいと言いたげな彼の顔面に本を叩きつける。
痛かったのか涙目になっているが、それすら、攻撃的だ。
「お互いさまだ」
彼も顔が痛いと思っているかもしれないが、私も私で彼の言動のせいで股間が痛い。夜のために今は刺激を与えたくないが、彼のせいで痛い。
鏡を見るとピネラが手を振っている。
使用許可を出していないので、ピネラは急ぎの用事があっても鏡を使えない上に鏡でこちらを見ることは出来ない。
鏡は望んだものを見せてくれるが、通常は対となる鏡の向こう側を映し出す。
執務室にある鏡で、彼がリーに本を渡したり、気を失った姿を見ていた。今日は目を離すつもりがない。
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