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〔四a〕独り言
私の性器への労りが足りない彼に同じ気持ちを味わってもらうため、貞操帯をつけた。合理的で当然の流れだ。男性用の貞操帯をつけると勃起ができなくなる。女を孕まさないために勃起したら性器が痛むような仕掛けが施されている。
だが、彼は腹が圧迫されて苦しいというから、外す許可を与えてしまった。仕方がない。すがるような顔をされては、厳しいことを言えるわけもない。
「人に反省を促すのは難しいことだな」
執務室でピネラに対して、ままならない自分の気持ちを吐露する。
つい、彼に対して甘く接してしまう。
もう少し、彼が何をするのか見ていたかったが、本人は一人で頑張ると張り切っていたので、執務室に戻ってきた。
「反省して欲しい人にそれ言われちゃうと、俺も、どんな顔すればいいのか分かんなくなっちゃうなぁー」
「私が反省すべき点などないだろ。愛妻家であることを責められるいわれはない」
「仕事放り出して、奥様の様子を見に行ったのは、愛妻家として最高かもしれないけど、ちょっと時間がかかり過ぎじゃない?」
相当、怒っているのかピネラの口調が崩れている。
他の執事やメイドの目があるので、執務室では、ここまで言葉を崩さない。今日は弟のこともあって、疲れているらしい。
「奥様が手伝ってくれるって言うなら、甘えてもよかったのでは?」
ピネラは未だに彼の限界を理解していない。
自身の体力を把握できずに駆け回って、仕事を終えてから倒れるという無防備極まりない人間だ。そのことに対して気をつけるように告げると、私がいるから大丈夫だと思ったと適当なことを言う。
もちろん、彼の尻拭いをすることや彼が実現するために奮闘したことを後押しはするが、倒れるまで働くべきではない。
彼の代わりは居ないのだから、自分だけで何かもを抱え込むのをやめるべきだ。
一時間遅れれば、子供が死ぬとなれば、体力がなくとも彼は限界を超えて走り続けてしまう。馬や異能持ちを使って移動するという頭がないわけではないが、騙された経験から彼は自分だけで行動を起こす。
自分の愚かさで、人の命を危険にさらすことは彼には耐えられないことなのだろう。彼が走っているときは、誰かを待たせているときだ。不愉快であったとしても、その足を止めさせるべきではない。
「アレは寝ている。目覚めているが、寝室から動かす気はない」
「いや、元気だって聞いたけど?」
「貴様が休みたいのなら休むといい。自らの足で弟を探しに行きたいのなら、それも止めはしない」
「止めて欲しいんだけど」
ピネラは彼から「一人で行動せず、人を使いなさい。連絡も小まめにするように」と言われたことで、自分が公爵家を離れるべきではないと気づいたらしい。
弟を餌にして、ピネラを吊り上げるほうが、ありそうな話だ。
公爵家への貢献度を考えればピネラは代えが利かない人種だが、弟はそうではない。私の補佐として必要なのは、王太子におもちゃにされない危機回避力だ。
「諜報活動はそれをメインにしてるやつらに任せることにした。俺は顔が割れているから、無駄足になる」
「それに顔を合わせにくい?」
「これは、あー様に言っても仕方ないけど、あいつは、弟はさ、俺に嫉妬してたんだよ。こういう風に気楽に話せる間柄じゃないし、補佐といえば聞こえがいいけど、ただの伝達係だったりするだろ」
ピネラの弟に任せていたのは雑用だ。
孤児院の子供たちでも出来ることしかやらせなかった。
やる気が見られなかったのだから当たり前だ。
「今でも死んだ弟に心を捧げている人間を重用すると思うか?」
「それだと俺が、ピネーラルオ様のことを蔑ろにしてるみたいじゃないですか。やだなぁ」
久しぶりに聞く兄の名前を聞き覚えのない響きだと感じてしまった。そのぐらいに私にとって過去のものになっていた。弟も同じだ。
亡くなってしまった兄弟は、すでに過去だ。
「ともかく、お仕事、お仕事。明日のためにも頑張りましょーや」
年配の執事もピネラの口調を訂正させない。
私の心が執務から離れているのが分かっているが、それが望ましいことだと考えている。人らしい、他人への執着心をカーヴルグス家に仕えている彼らは、歓迎していた。とはいえ、公爵家当主としての仕事をさせたい気持ちはあるのでピネラに任せている。
彼らは、ピネラの茶化した言い回しに眉をひそめるが、私が仕事を円滑に進めるために必要なことだろ思ってくれている。
鏡で彼を見ているとわざわざ着替えて乳首をいじり回していた。
鏡に見せつけているので、私に対して、このぐらいの力加減にしろという指示だろうか。
興奮している彼を見ていると私としても問題がある。
「あー様、これを終えたら奥様のところに行けば?」
「すぐに終わらない数の書類を見せて気分を萎えさせるとは、やはりピネラは優秀だな」
「やる気なくされたのに褒めるんですか? 新手の意地悪?」
ピネラが「えー」と野太い声を上げるので、興奮は一気に冷めた。
空元気を続けるピネラに仕事を振っていく。
彼の行動を見続けたいが、股間が持たないかもしれないので鏡に特殊な石をはめて録画モードにして、伏せて足元に置いた。
音声を拾う双子石を片耳に入れる。
耳の奥に入ったら危ないが、彼はそういうものを取るのが得意なので、任せてもいい。子供たちが鼻や耳に詰めた木の実を頑張って取り出していた。
「鏡、なんで伏せたのですか?」
「録画モードにすると私が見たい映像が誰にでも見られてしまう」
先程までは、私以外が鏡を見ても鏡でしかなかったが、録画しているので映像は切り替わらないし、出入り口としても使えない。
「どうせ奥様の寝顔だろ――ちょっと、見せ」
「見たら、死ぬが……それで構わんのだな?」
「呪いの儀式でもしてんの……?」
「私が貴様を必ず殺す」
寝室にいる相手を見ようとするなんて、ピネラはどうかしている。
素直に謝罪したピネラは、処理し終えた書類を持って部屋から出て行った。
荒い息遣いを片耳で感じながら、領地のことを考える。
領民の幸せを願う領主はこの世にいないだろうが、領民の幸せを願う彼の幸せを願う私はいるので、領民たちは幸せだ。
ここまで仕事をこなせばいいという目標を超えて書類を処理していく。彼に書類を任せると、あまりにも正しく正確であるがゆえに他人の仕事の粗が目立つ。計算ミスが多いので、領地運営に携わる他の人間たちの不出来が目立ってしまう。
遠出から戻った際、彼らの再教育が必要だと提案された。
彼の言葉は正しいが、古くからこの地で仕事をしている彼らの自尊心を傷つける発言だ。領主の妻とはいえ、代理相手だと侮って適当な仕事をした有象無象が悪いのだが、反感を買うのはよくない。
彼がいくら正しかったとしても、段階的に状況を改善しなければいけない。孤児院では、地域住民と揉めないよう、大規模な改革をしようとしていなかった。反発があると結果的に事業は遅くなる。
領地に関して口出しするのは、私との時間を気にしているからだ。
『こんなやり方では、アリリオさまの仕事が増えるばかりです』
そう主張していたときの拗ねたような顔を思い出す。
一緒にいる時間を増やすために彼が孤児院を訪問する時期と魔獣討伐の日程を完全に重ねることが必要だ。
今までは予定の組み方が雑だったために彼と顔を合わせる時間が少なかった。
【アリリオさまのちんこ、舐めたいなぁ】
独り言を何やら言っていると思ったが、随分といかがわしい内容だった。彼の声を聞くために耳を澄ませて、得をしたが、書きかけの書類はダメになった。
年配の執事が異能により復元してくれるのを手を止めて待つ。
断腸の思いで、双子石を耳から外す。手元にある双子石に話しかければ、寝室のベッドにある双子石から声が出るので、彼の言葉に答えられる。
が、考えた末、飲み込んだ。
私に向けた言葉ではなく、独り言だった。
ここで返事を返すと、今後、こういった独り言を口にしなくなるかもしれない。彼は大胆でありながら、小心者だ。
聞き耳を立てていると知れば、口にしなくなるかもしれない。
◆◆◆
数日分の仕事を一気に片付けている私のもとにピネラが走りこんできた。さすがに執事の一人が「はしたない」とたしなめたが、ピネラは聞いてはいなかった。
「奥様に毒を盛ったって! あー様、どういうことだよ」
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前話で「今日は目を離すつもりがない。」と言ってて、これである。
鏡の機能や双子石について、説明が雑なので、あとで詳細な機能説明を入れるかもしれません。
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