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〔十a〕途中式

心を置き去りにして時間は進む。 どうして、大々的に自分の異能が発現したことを告げなかったのか。せめて父には報告すべきだと心の隅で考えるが、口は重い。 自分があんな顔をする未来が信じられないのか、自分に異能があることを信じられないのか、心の内は自分でも分からない。 ただ、アレが容姿の整っている他人を好いているのを見ると複雑な気持ちになる。 顔しか取り柄がないと侮辱を受けた不快感が消えはしないが、語彙力のない幼稚な人間の言い分だと思えば飲み込める。 考え方が変わったのは、彼が立ち寄ったと言われる孤児院に顔を出したせいかもしれない。 目的の彼は居なかったが、子供たちから話は聞けた。 自分の婚約者はものすごく綺麗だと大人げなく子供たちに自慢していたらしい。 彼が愚かであることを責め続けてもキリがない。 騒動に巻き込まれているから、助けてやっているというのに「どうして、ここに?」と毎回のように口にしている。 学習能力が低いのは嘆かわしい。 私はきちんと「貴様がいる場所に私がいるのは当然だ」と返している。 物覚えが悪いのか、人の言葉を記憶しない。 同じ言葉を繰り返すのも面倒になり、質問に答えず見つめていると目をそらされるようになった。 態度がなっていないと思ったが、綺麗な人を前にすると緊張すると父に対して言っていたのを聞いたので、つまり、そういうことだ。 言いたいことを言わない人種かと思えば、違う。 盗人が真人間になるよう、説得していたことからも分かるが、面倒なことに首を突っ込むおかしな趣味を持っている。 消極的に見えて、行動力がある。 たとえば父に対して、王族の異能に踏み込んだ質問をいくつもしていた。 スパイ活動をしている諜報員だと首をはねられても仕方がないことを父にたずねていて、隣で聞いていて、頭が痛くなった。 子供のためと言えばなんでも許されると思っているのだろうか。 王族の異能である未来予知は、個々人で発現の仕方が違う。 ふと、未来の映像が見えたり、未来の世界の誰かに憑依してみたり、夢として体験したり、父のように数瞬先の未来が見えたり。 父は自分よりも若い騎士を圧倒する。 太刀筋が見えている剣を恐れる必要などない。 剣をふるうことがない愚か者は父のすごさが分からないのか、異能が衰えたり、使用するタイミングを自分で決められるのか、異能は期間限定なのか、たずねていた。 国家機密を気軽に聞いてくれると頭を抱えたくなった。 室内に三人しかいなかったので、父は言葉を選びながら正確な返事を避けた。 教えてもらえないことを理解しながらも、腑に落ちない顔のままのソレを引きずってでも退室を考えた。 孤児院の子供に対して目上の相手への尊敬を教えながら、義父になる相手への態度がなっていない。私が叱りつけるべきだろう。 父は心が広いので聞くだけ聞こうという姿勢のままだ。 『聞いている限りだと、計算問題で言うところの、途中式をせずに答えを手に入れていますよね。先が見えることで、答えが明確であるから、悩んだり考える時間が短縮されているのは素晴らしいと思います――ですが』 王太子殿下が居たら渋い顔をして、第二と第三の王子たちなら悩みが減るわけがないと舌打ちと罵倒があっただろう。 未来が見えることによって、悩みが増えていると異能の強さに苦しめられている彼らなら口にしたはずだ。 ただ、陛下なら、父と同じように優雅に愚か者の話を聞いただろう。 他人の言い分を受け入れない人間は成長しないと乳母であるファーラが口癖のように言っていた。 『未来の自分が悩んで出した答え、あるいは未来の自分が観測した情報だから信じられるのかもしれませんが……他人は途中式という仮定があるから、計算の答えに納得するわけです』 答えだけ見て、解答欄を埋めているという卑怯な異能だと王族を批判した。こちらの視線に気づいたのか「途中式が必要になるような計算問題はあまり一般的ではありませんね」と話を終わらせようとする。気まずそうにするものの、父への謝罪はなかった。 悪いことや失礼なことを口にしたという考えがない。 どうしてか、胸が詰まる形容しがたい感情が湧きあがった。 思い出すとまとまらない感情は、なぜか涙腺を刺激する。 私の立場なら、王族への侮辱を叱責する場面だというのにそうしなかった。 父に向いているようでいて、言葉がこちらに向けられていると感じたからだろうか。 父が私のことを青二才だと会話の流れで口にした、それに対する、彼の反論だった。父は事実を口にしていたが、彼は気に入らなかったらしい。 頑固なところがあると彼の姉も言っていた。 彼の言動は人目を引くための狂言回しだ。 相対している相手ではない誰かに向けた言葉を発することが多い。 盗人に泥棒をやめさせて、自分の手袋を押し付けていたところを見た、あの瞬間、彼は野次馬たちに子供が盗人になる世界でいいのかと問いかけていた。みんな、そんなことはよくないと賛同して、盗人に物を与えて、冷えた体をあたためろと言葉をかけた。 なぜか、あの日と同じ感覚をそのときも感じた。 異能を発現しない私は途中式を書き続ける、非効率な人間だからかもしれない。 顔だけを評価された事実は、自分の努力を否定された気持ちになったというのに異能が無用なものだと言われると納得いかない。 異能が弱い人間は貴族の中で地位が低くなる。 英雄と呼ばれたところで、私は未だに舐められている。 貴族社会で影響力があるエビータと縁を結んでいるので、その点は補えているし、舐められているからこそ自由に動けることもある。 彼はエビータといえども、社交の場に出ていないので貴族の常識に疎いのかもしれない。 唯一のエビータの男として甘やかされて育っているようなので、彼は物事の道理を理解していない。 他の誰も言えないのだから、私が厳しい意見を口にするしかない。 ピネラには「単語選択に失敗しまくってる気がするけど、本当に大丈夫?」とたびたび聞かれるが、彼本人が「いつもためになる話をありがとうございます」と言っているので、気にする必要はない。 そう思っていたが、思い上がりでもあるのは、彼の泣き顔を見ればわかる。 「私がお前と結婚したのは、お前を幸せにするためだ」 あの日に異能が見せた光景を実現させたいのか、壊したいのか、自分でも分からないままに過ごしてきた。 その答えが出た気がするが、彼にそれは伝わったのかは分からない。 彼は机を叩いて立ち上げると「うるさい、卑怯者っ! 格好つけるな」と先程殴られた頬とは逆側を思いきり殴りつけられた。

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