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【23a】デリケートな話題
他人に対しての要求は、自分の劣等感への言及であると勇者語録にあった。
自分自身が無意識に自分へ求めていることを他人に向けた言葉として口に出してしまう。不満でも、願いでも。
俺が他人に期待するのは、俺が他人に期待されたいから。
それは、その通りだと思う。
俺は役に立つ人間でありたいと思った。
男であっても、母親が誇れる一族の人間であると証明するつもりでいた。
結婚して、子供を産んで、姉たちと同じように幸せになって、俺が俺として生まれてきたのは、間違いではなかったのだと思いたい。
今回のアリリオさまの言い分も同じだ。
俺の考える幸せの形を否定していても、何もかもが、言葉通りの意味じゃない。
頑なに否定しているものは、息子の存在ではないかもしれない。
俺のことを好きだと思ってくれているなら、そういう推測が成り立つ。
自分が父親という立場に立つのが嫌ではないなら、俺が母親になるのが嫌なのだろう。
母親という立場に俺を置きたくない。
その肩書きを俺に与えたくないから、彼は「俺のため」であるような言い方をする。あるいは、アリリオさまから嫌われたくない俺のためとも言えるかもしれない。彼が俺を嫌うかは別として。
孤児院の子供たちへは優しさを見せていたが、子供を捨てた母親に対して、アリリオさまの態度は冷たかった。
嫌悪感を抱いても仕方がない相手でも、それを外に出さない教育を受けているのがアリリオさまだ。それなのに手厳しかった。
意外だが嫌いじゃない。
淡々とした態度で何を考えているのか読みにくい人だが、ちゃんと血が流れている人間なのだと思った。
アリリオさまの公爵家での立場や母親から受けた仕打ちは、すべてではないが知っている。
勇者が定着させた風習の中で誕生日を祝うというものがある。
俺は婚約中にアリリオさまから誕生日を祝われなかった。
親しくする気がないから、そういう態度を取るのだと思って、悲しかった俺は、仕返しのようにアリリオさまを祝わなかった。
それは間違っていたと、結婚してから知る。
アリリオさまには、誕生日にお祝いをするという考えがなかった。
兄と弟の誕生日パーティーは本人が不在でも盛大に行われ、死してなお、未だにその日は領内の休日として祝いの日になっている。
結婚後に俺が提案して開催するまでアリリオさまの誕生日パーティーはなかった。
アリリオさまの乳母から話を聞いたとき、本気で理解できなかった。耳を疑い、何度も聞き返してしまった。
アリリオさまの父親にも話を聞きに行った。
本当に意味が分からなかった。
プレゼントについてのアドバイスを求めたら、驚きの答えが返ってきた。
パーティーがなかったので、アリリオさまにプレゼントを渡したことがないという。思わず「父親なのに!?」と俺は聞き返してしまった。
ちょうど同席していた陛下がフォローのつもりなのか、自分は王家の剣を与えたと言い出したが、そんなものは当たり前だ。
魔獣討伐をただの剣で出来るわけがない。
王族の血で反応する魔道具はアリリオさまに渡して欲しい。
どうせ、陛下もその息子たちである王子殿下も魔獣討伐などしないのだから、便利剣はアリリオさまが所有するべきだ。
俺は誕生日にペンを一本しか貰えなかったことが、ものすごく悲しかった。
今でもあの日の絶望感は覚えている。
わくわくドキドキから急下降する気持ち。
姉たちは親戚の人たちみんなから、それぞれで贈り物を貰っていた。
誕生日はリビングに宝の山が作られて、その日の主役が開封するのも楽しみの一つになっていた。
それが、俺の時はペン一本だった。
ひどく落ち込んだが、姉の作った宝の山よりも勇者が残したアーティファクトなので、ペン一本のほうが価値は上だ。
大人になってから、そのことに気づいた。
子供だったので、当時は単純に数で物事を考えていた。
俺が男だから、ペン一本で済まされたのだと泣いてしまった。
その後すぐに社会見学をして来いと家から追い出されて途方に暮れたことがある。わがままな子は、いらないと捨てられたのかと思った。親戚のお姉ちゃんである、しーちゃんが居なかったら、知らない人間に着いて行ったかもしれない。
俺の中で誕生日はデリケートな話題だ。
アリリオさまの境遇を聞くと俺の不満が甘ったれの子供の愚痴で、恥ずかしくなる。
同時にアリリオさまへの愛おしさや尊敬の念が湧く。
冷遇されていると自覚しながら、アリリオさまは母親が亡くなる最期のときまで、認められるための努力を怠らなかった。
だからこそ、俺はアリリオさまの本音がそこにあるのだと感じる。
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