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【24a】勝つ戦い
アリリオさまにとっての母親は、死ぬまで自分を嫌っていた存在の代名詞だ。
愛されて認められたかったはずの相手。
子供を産む存在そのものに対して、拒否感を覚えても仕方がない。
自分の感情が理解できない衝動に流されないよう、人はバランスを取ろうとする。それが、他者への攻撃や自虐になる。
他人に向けるアリリオさまの冷たさは、自分が母親から受けていたものではないかと感じることが、何度かあった。
俺を母親という定義の枠に入れたくないアリリオさまの気持ちは、エビータである俺からすれば侮辱だ。
だが、彼からすれば、それが愛というものなのだろう。
でも、俺はアリリオさまのことを冷遇した彼の母親ではないし、お腹の中にすでにある命を産まないという選択もしない。
俺のワガママを俺を好きだというなら叶えてもらいたい。
「子供が、生まれてくるまで時間がありますから、俺が考える父親や家族像を理解してください。アリリオさまは優秀なので、すぐにコツを掴むでしょう。本の内容を試すより、俺に好かれるのは間違いありません」
アリリオさまの中にある、幼少のころからの傷やそれに引きずられて現れる引っかかりや攻撃性を改善する必要はない。忘れることで、考えないことで、苦しみが和らぐことを俺は知っている。
自覚のない苦しみを突きつけたくない。
つらいかと尋ねても、アリリオさまのことだから、不思議そうな顔をするだけだ。
当たり前の日常につらさなど感じないと口にするだろう。
それなら、なぜ自分の子供を生まれる前に屠ろうとするのか。
つらくないのなら、子供が生まれてきてもいいはずだ。
そうは思えないからこそ、俺に堕胎薬を飲ませようとした。
愛を言い訳に愛を踏みにじろうとした。
アリリオさまの中で、そこに愛がなかったからだ。
自分が親から愛されている自覚がないから、自分もまた、息子のことを愛さないと決めつけている気がする。
子供を愛さない人間を好きではないとアリリオさまの前で言った覚えがある。
そういうズレの積み重ねが、今日のようなぶつかり合いに発展する。けれど、流れは悪くない。
最低かもしれないが、アリリオさまに愛されていることは嬉しい。
「たしかに俺は、男なのにエビータという安産の異能を持つ一族の人間だということに違和感を覚えています」
「違和感どころか、不快感であろう。嫌だと思っているのなら、異能を使わなければいい」
「舐めるんじゃねえよ。嫌だと思ってるなら、寝室を共になんかするわけない。子供を作るのは、アリリオさま曰く、外部の約束ですが……違う。俺とあなたの約束です。俺はあなたの子供を産みたかったから結婚したんです」
俺は自分とアリリオさまの子供が最強だと確信していた。
安産の異能は、男のタネの優秀さを見ることが出来る。
動物のメスが強いオスとの交尾を望むように心とは別のところにある価値観。異能によって未来が視えるのは王族だけじゃない。
「俺にとって、エビータにとって、子供は夫婦の愛の結晶です。愛し合っているから、子供が出来るんです」
少々、卑怯かもしれないが、俺は勝つ戦いしかしない弱虫だ。
アリリオさまの中に俺への愛があるなら、俺は負けない。
「あなたは、俺の愛を捨てられますか?」
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