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【25a】幸せになれる人間
「あなたは、俺の子供 を捨てられますか?」
答えは分かっていて問いかける俺はズルい。
俺の圧勝だ。
これが俺だというのは、アリリオさまも分かっている。
驚いているのか息を止めた後に間を置いて、吐き出した。
笑っているのだと遅れて気づいた。
「愛 を捨てたら貴様は手に入るのか?」
「本末転倒だという言葉をご存じですか? 何のために俺たち二人が出会い、何のための婚姻であるのか」
アリリオさまからすれば、最初で最後の親への反抗だったのかもしれない。
俺たちの子供を一番望んでいるのは、自分の父親だとアリリオさまは知っている。
「勘違いしないでください。公爵家が取り潰しになる可能性を下げるために俺が呼ばれたわけじゃない。あなたが頼りないから、あなたのお父さまは、俺を頼ったのです」
過剰な表現だが、俺が彼の父親から弱い子だから支えてくれと言われたのは事実だ。俺の支えなどいらない強い人だと思っていた。
そうではないなら、俺はアリリオさまを見捨てない。
孤独にしない。ずっと一緒にいると、すでに神前で誓いを立てている。
「あなたには、俺が考える、そういった家族が必要です」
愛されていると思えるからこそ、言い切れる。
俺の中にもある、孤独感や恐怖や不安。
同じ立場であるアリリオさまと共有できると、最初に顔を合わせる、そのときに思った。世界は広くて、自分の意思は関係しない場所で何もかもが決まっていく。
アリリオさまも、感じていたはずだ。出会ったことで、何かが変わっていく予感。
それが嫌ではないからこそ、俺を求めてくれている。
「俺の幸せはあなたと共にありますが、俺はエビータである今の自分が好きですよ。男の身という違和感があっても、異能も俺の一部なのです。勝手に奪おうとしないでください」
俺にとって、子供は異能の証明だ。
堕胎薬を飲んだぐらいで消える命ではないが、望んでいて欲しい。
生まれてきてくれて、良かったと思ってもらいたい。
俺は自分の親に、そう思われたかった。
悪夢の中で、弱っていった俺の脳裏にあったのは、役立たずの不出来な自分への恥ずかしさと両親への申し訳なさ。
産後の肥立ちが悪い俺は、エビータとしての定説を崩したことになる。
一族の恥になったと苦しくなっていた。
「俺は与えられるもので、幸せになれる人間じゃないんです。知ってるでしょう。俺は誰かのために何かをする自分が好きだ」
俺のことを幸せにしたいと思ってくださったのは嬉しい。
それと同時にアリリオさまみたいな甲斐性なしが、無茶な目標を掲げていると笑ってしまう。気持ちだけもらっておこう。
「俺の幸せは俺にしか決められない。少しのトラブルも許せないと言うなら、俺から目を離さないでください。それでいいでしょう」
アリリオさまは素直に頷いた。
子供を殺す気はなくなったようだ。
今のやりとりで、子供を産んだところで、俺は俺だと感じられたからかもしれない。
改めて実感する。アリリオさまにとって、俺の存在は大きい。
妊娠したことで、俺は、アリリオさまから離れようとしていた。
役目は終わりだと思ったから、距離を取りたかった。
俺を好きなアリリオさまからしたら、寝室を分けることなど、望ましくない変化だったに違いない。
子供が居なければ、元通りになると思ったなら随分と考えが浅いけれど、アリリオさまらしい非常識で冷徹な解決策だ。
恋愛は惚れた方が負けだというなら、俺は勝っている。
「俺から嫌われるのが、怖いですか?」
今までずっと、俺が怖かった。
だから、アリリオさまが味わっているだろう気持ちもわかる。
ずっと、嫌われたくなかった。
必要とされたかった。アリリオさまにとって役に立つ人間でありたいと思った。
同じ気持ちを持って欲しいと期待したわけじゃない。
それでも、顔合わせの前にあった期待は、お互いの立場への共感だ。
政略結婚なのだから、相手も親や一族のために役立ちたいと思っているはずだと考えていた。
同じ気持ちでいるなら恋愛はなくても、友愛は育めると思っていた。輝く美貌の麗しい彼との恋愛は難しいと勝手に見限った。友情でいいと妥協した。
アリリオさまが恋愛を求めていたなら、噛み合わないわけだ。
俺が一番欲しいものを与えようとしてくれたのに、俺は断り続けていた。差し出された手に気づくこともなく、悲劇に酔っぱらっていた。
誰にも愛されない、必要とされないと悲観していた悪夢の中にいた自分の滑稽さをまだ笑えない。あの痛みはまだ生々しい。
ありえない未来に変わったとしても、あの悲しみと孤独と後悔は俺の中で未だに強烈に焼き付いている。
「子供のイタズラに苛立つのは大人げないですよ」
俺が未来を視たことを、アリリオさま歓迎しなかった。
勝手に俺の体を使ったと怒っていた。
そこに愛があるなら、かわいい嫉妬でしかない。
アリリオさまが俺の手を引いて、ソファに案内してきた。
乳兄弟の執事に手を払う動作で追い払っている。
一礼して、執事は退室した。
俺たちの言い争いをどういう目で見ていたのか気になる。
「一度だけ許す」
アリリオさまの言い分に「具体的におっしゃってください」と返すと言葉に詰まったように間が出来る。口にするのをためらっているのかもしれない。
「知りたいのだろう、未来を。途中で起こしたことで、不満そうな顔をしていた」
「未来ではなく、俺が死んだのに生き返っているというビックリ展開だったので……どうしてそうなったのか、野次馬根性が出てます」
さすがに息子から迫られたことは言わない。
子供はまっさらなものだ。
生まれた時から変な目で見られてはかわいそう。
あの息子の言い分には、何か別の意味があったのかもしれない。
「べつに自分の未来だとは、思ってませんよ。だって、俺のことは、アリリオさまが幸せにしてくれますものね?」
死んだりしないのだろと笑って告げれば、おだやかな肯定の声が返ってきた。俺に信頼されていることが、嬉しいのだろうか。
「意識がなくなると、ソレが勝手に貴様の知りたいことを、知りたいように見せてくれるだろう」
お腹を指さされた。そういうところがいけない。
アリリオさまの指を口に入れる。舌を絡ませ、すこし歯を立て、ちゅぱっと音を立てて指を解放する。
「指ささないでください。なでるのはいいですよ」
甘えていると自覚がある、失礼な態度で接する。
アリリオさまは怒ることもなく「ここに居るのは、子供ではなく、ラチリンか」と艶っぽく言った。目に毒な、美しさだ。
俺はアリリオさまの膝を枕にして目を閉じる。
正直、寝にくいがこれ以上は譲ってくれそうにない。
髪の毛にキスをするという美形にしか許されない行動をしていた息子の真意とは、なんだろう。
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「俺から目を離さないでください」と言った主人公は知らない。
すでに、(鏡の魔道具を通して)メチャクチャ見つめられていることに……。
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