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《26a》黒髪の異教徒

◆◆◆◇◇◇ 白いシーツに黒髪が映える。肌と肌がぶつかり合う音。お互いの汗が混ざり合い、ひとつになっていく。 性行為の独特な水音と興奮を隠さない吐息。 「あ、あ、あ、あっ」 高まっていく黒髪の相手を見下ろしながら、青年に変わろうとしている少年は達した。自分勝手なタイミングだったが、責められるいわれはない。 「あ、あの……もう、いっかい」 イキ損じたせいで、物足りないという顔をする相手の黒髪を少し引っ張った。すこしのためらいの後「わた、しの、おまんこに種づけしてください」そう言いながら足を開いて見せる。 先程まで、男性器を受け入れていた秘所は愛液を滴らせている。 自分を待っているに興味が持てず、彼の股間は反応しない。 父と同じように黒髪なら誰でもいいというわけじゃない。 血が繋がっていない相手との共通点に笑って「これからやることがあったんだ。ごめんねぇ」そう、逃げる。 声をかけてすぐに体を許すような女とあの人を重ねるのは、無理があったと肩をすくめる。 エビータは移ろわない。 あの人の情報を集めて知った、情報の一つだ。 個人での違いがあっても、不貞行為を受け入れない傾向が強い。 困惑顔の女は、綺麗な黒髪だと思ったが性別以外もあの人と似ていない。 「僕のことを思って、用事を済ませるまで待っててくれると嬉しい」 「あと三回くらい、子宮をちんこでノックしてくれればイケたのに」 子宮を感じたから、女への興味を失くしたのかもしれない。 自分の正直な下半身に納得して、宿を出る。 女は約束通りに自分が戻ってくるのを悶々とした気持ちで、待っているかもしれないが、彼はすでに興味を失くしていた。 部屋に戻ることはない。 ◇◇◇ カーヴルグス・ヴィクト・アリリオと側室の子ということになっているが、彼は自分の父親がアリリオでないことを知っていた。 物心をついた頃、自分の父親は前王の落胤だと教えられた。 |父親《アリリオ》は彼に言った。 彼が血縁上の父親を探し出して殺したら、当主の座を渡す、と。 自分の血が入っておらずとも、王族と貴族の血が合わさってできた人間なので、カーヴルグス家を継いで構わない。そう言われて、彼はやっと自分が何を目標に生きるべきか、わかった。 優遇されているにも関わらず優秀な兄に追いつかない。そんな自分に嫌気がさしていた。屈辱の日々を払拭できる。そう思った。 公爵家の人間になるため、会ったこともない父親を殺すために訓練を積む。自分を産んだ女が母親という役割を放棄していたのは知っている。 有能なメイドが居なければ、色欲に狂っている女に童貞を奪われたかもしれない。 「にいさんって、ホントお馬鹿さん」 隣国所属の聖騎士がに剣を何本も刺した上で、湖に沈めたらしい。 新聞で堂々と公表される、あの人の死。 すべてが真実ではない。 紙面を指でなぞるとある程度の現実が分かる。 王族のものではない異能なのか、異能ではない能力なのか、妄想なのか、彼には判断がつかない。 「ああ、あの人らしい」 血の繋がらない兄は、人目を避けるために隣国近くの山の中であの人と暮らした。 あの人は持ち前の善意を振りまいて、地域の住民から信頼を得た。 巡り巡って自分の首を絞めることになっても、彼は迷子の子供に手を差し伸べてしまう。 新聞にある、子供をさらおうとしたというのは事実ではない。 顔見知りの子供が森の中で泣いていたから、ふもとの村まで案内した。村の中には、国境を越えてやってきていた隣国の聖騎士。 彼らは叫ぶ、、と。 広場では、子供の両親が殺されているところだった。 両親も、子供も、黒髪だった。 貴族に多いが、庶民にも黒髪は少なくない。 「子供を見捨てれば、逃げられた。少なくとも、にいさんが間に合えば、隣国の蛮行は阻止できたはずだが、間が悪いね」 兄が居ないことを知った上で、あの人を殺すために放たれた刃だ。 新聞の中では、剣を何本も突き刺したと自慢気に語っているが、逆だろう。あの人は、子供が逃げるまでの時間稼ぎに耐えたのだ。 その上、帰ってきた息子に死体を見せないように湖に身を投げた。 出かけた際に外へ出ないようにと言われたのかもしれない。 あの人は適当だから、しっかりと言って聞かせないとダメだ。 「とうさまなら、手足を潰してでもベッドから出さなかっただろうに。血が繋がってるのに、僕のほうが、とうさま似だ」 先日、やっと血縁上の父親を見つけ出して殺した。 これで、自分はカーヴルグス家の正式な人間になれる。 それだけじゃない。 「あの人も僕のものになる」 正室の主治医が持っていた枯れない鉢植え。 中にはエビータの日記帳が入っていた。 日記帳を保存する奇跡は、鉢植えにも影響を与えていたらしい。 日記には一言「俺はカーヴルグス家、当主と結婚する」とあった。 彼は思う。自分が当主となれば、日記を書いた相手と結婚できるのだと。 「あの人は死んでいなかった。母親になってもらうつもりだったけど、あの人が望んでいるのだから、結婚するのもいいよね」 自分の境遇を話せば、あの人は同情してくれる。 日記の文字列から、人となりは分かっている。 過去のあの人の姿を見ることができた自分の力に感謝だ。 「火あぶりではなく、湖に沈んでいるなら、引きあげればいいだけ」 兄は絶望に浸っているだろうから、機会は今しかない。 あの人に真実を伝えるのは心苦しい。 それでも、知りたがるだろうから、事実の欠片を語ろう。 「」 この事実はあの人を落ち込ませるものになるだろうが、安全な籠の中に居続けてくれるはずだ。 あの人は、危険な世界が好きではない。

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