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【27a】ぷりーず、わんもあちゃん~す!
◇◇◇◆◆◆
目を開いた俺を見て、慌てたようなアリリオさま。
勘違いじゃなければ、俺の顔を覗きこんでいた。
顔に対するダメ出しを訂正する気になってくれたのだろうか。
「ぷりーず、わんもあちゃん~す!」
願いを込めて、顔の前に人差し指を立てる。面食らった顔のアリリオさまが「勇者語録か」と苦々し気につぶやいた。
エビータでは、ボードゲームに負けてもう一度対戦したいときにこう言って相手から「仕方がないな、もう一回だよ」という言葉を引き出す。ちなみに俺は、姉からよく聞かされ、妹によく言わされていた。
妹は厳しいので、言うなら言うで「もう一回」を引き出すまで、おねだりは続けろと言う。
兄に甘えられるのが好きなのだろうか。かわいい子だ。
「もう一回! もうっ、一回っ! もう一回っ! もういいかい?」
「良いわけあるか。一度だけ許すと言った。つまり二度目はない」
「俺じゃなかったんです。なので、ノーカウントです。俺はまだ一度も視てません」
「……そもそも、どういう形になっている」
興味がなかったアリリオさまに息子の力をアピールするときだ。
かわいい息子と思えるよう、生まれる前から教え込めば、溺愛パパの出来上がり。
期待が重くて息子が潰れないように俺が調整するとして、良いことばかりを口にしよう。
未来はまだ、決まっていないし、終わっていない。
「えっと、ちょっと紙に書いて――」
「私がする。貴様は動くな」
アリリオさまの膝から退こうとしたら、顔面を押さえつけられた。
繊細な顔立ちなのに行動が雑だ。
両頬を叩かれた恨みだろうか。
アリリオさまは、テーブルに置かれたベルを鳴らして、使用人を呼ぼうとする。人が居るのにこの体勢はマズい。品がなさすぎる。俺はもう一度、体を起こそうとするが、今度は強めに押さえられる。
「ピネラだけ入れ。他の者はもういい。声を掛けたら、夕食をすぐに出せるようにしておけ」
ノックの音に対して、アリリオさまはそう返す。
いつの間にか室内から消えていた使用人たちは廊下で待機していたのだろう。仕事の邪魔をしていたことが気になるが、堕胎薬を盛られていたのだから、話し合いになるのは当たり前だ。
黙って耐えていい問題じゃない。
「ピネラ、紙とペンを持て」
「……ん? それって」
「ああ、これから、まとまりのない話をするらしい。全部を記録するか、まとめておくかは任せる」
アリリオさまの乳兄弟である執事が、ソファ近くにひざをつく。
執事が紙とペンを持って、俺の言葉を待っていた。
紙とペンを持ってこいではなく、紙とペンを持って俺の言い分をまとめる係を執事に押し付けたらしい。
自分がするって言ったのに嘘つきと思ってしまうが、正しい人の使い方かもしれない。
◆◆◆
俺は自分が見聞きしたものを可能な限り並べた。
アリリオさまは、いくつか質問をして執事がまとめやすいように状況を整理した。
執事が書いている文面が分かっているような言い回しが多かった。
格好つけてるのか、乳兄弟の絆アピールなのか。
これで、執事が話をまとめられていなかったら、赤っ恥だ。
微妙な気持ちになりながらも俺は言えることは、口に出した。
飲み込んでしまいたくなる事実は、意外と多い。
言葉を探して困っていた俺に、アリリオさまは「推論はいらん。言えることだけを言え」と言ってくれた。
以前なら、冷たく、突き放すように思えた発言が、今は優しさだと感じる。
頭を撫でられているせいか、つらく悲しい世界の話をしているはずなのにリラックスしている。
「それで、貴様は何が気になっている?」
「え……っと、いっぱいありますけど、一番は、俺って死なないんですか?」
貴様のことなど知るかと返されそうだが、アリリオさまは「執事の異能だろうな」と、つぶやく。
「執事さんって、すごいですね」
「ピネラではない。先程までいた、年配の執事だ。名をバルドという。書類の書き損じなどを直させているが、人体にも適用可能ならば、毒で死にきれずに居たのも不思議ではない」
よく分かっていない俺に「間抜け面をしているな」と言いながら頭を指で突いてくる。
「バルドの異能は、疑似的な時間の逆行だ」
「すごい異能ですね」
思った以上にスケールが大きい異能を持っている執事だ。
「無機物を狭い範囲だけ昔の姿にすることができる。生物に使うと、恐ろしく疲労した上、続ければ命を落とすと言っていた」
アリリオさまは俺を生物だと思っていないらしい。
指に噛みつきたくなったが、続く言葉に動けなくなる。
「だから、バルトは異能を使い続け、命を落とした。そのため貴様の症状は進み生命活動は停止した。その後、年月の経過を思えば、甦ったというのは、死霊使い にさらわれたのだろうな」
いろいろと言いたいことが多すぎる。
前半も後半も、どういうことだ。
なんで、そうなるのか、理解できない。
「……あー様、説明したほうがいい」
俺の困惑を感じ取ってくれたのか、執事がアリリオさまに告げる。
アリリオさまは、俺の髪を自分の指に絡ませながら「貴様が死にかけたのなら、延命させようと思うのは当然だ」と言った。
照れているのかもしれないが、ドン引きだ。
年配の執事が死ぬかもしれないのに異能を使わせ続けたという話だ。
異能は、いくつかの条件をクリアしなければ発動しない。
発動しても、代償が大きなものもある。
それこそ、命を使わなければならない異能もある。
「結果的に苦しい時間が長引いたのかもしれんが、治すための時間稼ぎが必要だったのだろう」
「治ってないことについては?」
「思った通りに物事は進まないものだ」
年配の執事に悪いことをしたという気持ちがゼロなアリリオさまに震えるが、子供を殺そうとしていたことと、根本的に同じかもしれない。
俺の生命を尊重するあまり、他の命が軽すぎる。
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執事の異能はアリリオ視点でちょっと描写があったものです。
書類のミスをなかったことにする異能という名の物体への疑似的な時間逆行
(物体の時間を戻しているのではなく、過去の物体情報を現在の物体に上書きして、書類がミスする前の状態になります)
生物は情報量が多いから上手くできないのでしょうね。
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