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【29a】普通の人間性
「エビータの噂に死霊使い が反応した、ということですか?」
「他国でも、エビータについて知りたがる相手を逆に調べる規則があるらしいな。……その情報を元に死霊使い の隠れ里を襲撃して、拉致された子供を救出した」
うっかり上半身を起き上がらせ、アリリオさまのあごに頭突きしていた。
麗しいご尊顔が、今日だけで、すごいダメージを受けている。
これは、夜にイジメられても甘んじて受け入れるしかない。
「エビータの子がさらわれていたのですか?」
「一族の子ではないがな。エビータが嫁いだ先で産んだ子供が誘拐された。他国とはいえ、要人の令息の拉致は重罪だ。死霊使い を滅ぼす大義名分として、十分だろう」
この国では、ないということになっている死霊術を使う人々。
ないことを理由にしては裁けない。
死霊術とは関係のない理由で、罰を受けさせなければいけない。
そういう話なのは分かる。
先程の死霊使い を滅ぼさなければいけないというのは、神殿からの依頼ということだろう。
彼らが言いそうなことだし、守秘義務を考えれば、アリリオさまが説明しないのも頷ける。
依頼を断って、神殿と王家の関係が悪化すると、彼らは民衆を扇動して、内乱を起しだす。迷惑極まりない。
しわ寄せは、民衆にくるというのを分かった上で、神殿は人々を煽る。
不幸な時代のほうが、信者が増えるからだ。
「あー様、きちんと話したほうがいい」
俺の頭を押さえこもうとするアリリオさまに執事が声をかける。
真面目な話なので、体勢を正したい俺だが、アリリオさまが許してくれないので、膝枕の体勢に戻る。
「死霊使い の一番の狙いは、エビータの中でも希少な、男である貴様だ。隠れ里の中に、年単位での計画予定があった」
俺の行動履歴なんかも洗い出されていたらしい。
「アリリオさまは、死霊使い の計画を知っていたように感じますが」
「知っていたから、やつらを皆殺しにしなければならなかったに決まっているだろう」
この『知っていたから』というのは、俺のことを狙っている死霊使い の存在の話だと思うが、事実関係が前後している気がする。
呆れたように息を吐きだしたアリリオさまが「情報源は王族だ」と言った。
未来を視て知ったこと、という意味だ。
後付けで、滅ぼすための情報収集という名の裏付けをしたから、言い回しがおかしくなる。
俺が死霊使い にどうにかされた未来を変えるためにアリリオさまは動いたとういうことだ。
『貴様は私に感謝するべきだな。時代によっては実験対象になったであろう?』
ちょうど、今日、言われた言葉だ。
ムッとしたので、覚えていた。
嫌味かと思っていたが、事実だった。
アリリオさまによって、未然に防がれていた、あったかもしれない俺の未来。
「貴様が視た未来の情報からすると、生き残りが居たのだろう」
「復讐のために一族を殺された原因である俺の墓を暴いたということですか」
「違うな。復讐ではなく、安産の異能への好奇心やエビータの男がどういうものであるのかを解析するためだ。死霊使い に普通の人間性を期待してはならん」
実家にあった本でも、生物の死への探求心から死霊術は始まるとかあった気がする。勇者は命を弄ぶ一族とそりが合わなかったということなので、一般的な死霊使い は、あまり良い人種ではない。
「貴様の肉体が損傷しないのは、バルドの異能か、別の人間の異能か、貴様の所有物であるアーティファクトの効果か、死霊使い が考えるエビータの効果かは情報が足りん」
「年配の執事さんの異能って、そんなことはありえるのですか?」
「生命を燃やし尽くすと、ときに世界がバグると言われている」
勇者語録でよくある表現だ。
本来ありえない奇跡や神秘を勇者たちは、世界におけるバグと表現していた。
「健康体には戻せなくても、肉体が腐らない程度は、祈りによってなせるだろう。貴様の持つアーティファクトに、祈りにより、幸運を引き寄せるものがあったはずだ」
いろんな偶然で、腐らない死体が出来上がったとしたら、死霊使い としては、最高に使いやすいボディゲットのチャンス。
アリリオさまが滅ぼしたと言いながら、死霊使い のやらかしだと断定するのは、それなりの理由があったということだ。
「私なら手元に置くが、屋敷を乗っ取られたなら、埋めるかもな」
「ビジョーア嬢が大きな顔をしていたようですが――」
「あんな小物の話ではない。弟を追ってピネラが公爵家を出て、私が貴様のそばを離れなかったなら、心配を名目に各家から、使者がやってくる」
執事が小さく声を漏らす。
公爵家の仕事が回らなくなり、他の家から来た人間が顔を利かすというのは、分かる。
「アリリオさまが、きっちり仕事をしていればいいって話ですね」
「貴様が死にかけているときに仕事などするか。本当に愚かだな」
やわらかな声に心臓がギュッと締め付けられる。
アリリオさまが言う通り、俺は本当に愚かだった。
滲む涙は、後悔だろうか。悲しみだろうか。
俺にとっては、喜びと安易な方法を選んだ自分への軽蔑だ。
死んでいく俺の姿を見て、アリリオさまの胸が少しでも痛んでくれたらいいと思っていた。死に行く俺は、妥協に妥協を重ねた、ほんの少しの執着 でもいいと望んでいた。
声がまだ出る時期に、冗談でもいいから軽く「俺のことが心配ですか?」と聞けばよかった。
アリリオさまは、心配しないはずがないと、そう考えるのは当たり前だと言ってくれる。それを俺も期待していたのに、最期まで俺は何も聞かなかった。拒絶が怖かった。
何もしなければ、これ以上は失わないと、固く信じて、待っていた。
ずっと、待っていた。
言葉を飲み込んで、耐えていれば、同情ぐらい得られるのではないかと期待して。
涙と一緒に笑いが出るぐらい、馬鹿だった。
アリリオさまが自分から、言うわけない。
仮に、心配をかけるなと高圧的に言われたら、病人に鞭打ってると勘違いする。アリリオさまは気遣いが壊滅的に下手くそだ。
それは、悪夢の中の俺だって知っていた。
「そもそも、領をおさめるための書類仕事以外は、貴様のためにやっていたことだ」
ちょっと、何を言っているのか、分からない。
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ちなみに該当の台詞があるのは、
アリリオ視点【〔八〕自分だけの特別な相手以外を気にかける意味などない】です。
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