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【31a】取り引きにならない取り引き
「私の働きに応じて、情報が解禁になる仕組みだ」
「エビータの? だったら、俺に聞いてくれれば……」
「エビータを狙う存在についての情報だ。排除するにしても、情報は必要になる」
俺は人質に取られていたということになる。
アリリオさまが魔獣討伐をしなければ、俺が危険にさらされる可能性があっても、そういう情報を教えませんというのは、ありえない。
俺の立場を言ってみろと胸ぐらをつかんで揺さぶりたい。
身長的に無理だが、許し難い。
取り引きにならない取り引きをするアリリオさまにも驚きだ。
息子の嫁、跡継ぎを産む俺の安全を守る気がない義理の父がいるなら驚きではない、離婚問題だ。
そうではないのが、腹が立つところ。
俺に危害がおよばないことを分かっていて、アリリオさまを動かす口実に使っている。
汚い大人のやり口に気づいていないのか、気づいていても従ってしまうのか。
アリリオさまのことを思うと先程とは違う意味で胸が痛い。
「王太子はとくに情報をもったいぶるから、父を経由したほうが話が早い――」
「アリリオさま、執事の弟さんがしていた業務の一部を俺にさせてください。アリリオさまのお役に立ちたいんです」
服を引っ張ったら、手を放してくれたので目が合った。
案外、アリリオさまは押しが弱い。
断られても三回ぐらい頼むと折れてくれる。
妥協案が妥協してないこともあるが、仕方がない。
アリリオさまの立場を思えば、俺の言いなりになるはずがない。
「貴様に書類仕事を手伝わせると効率化しすぎて、暇になると馬鹿どもが騒ぎ、最終的に貴様の刺殺体が出来上がりそうだ。配達人ぐらいが妥当であろうな」
「俺って、そんなに恨まれる言動してました?」
「今のままでいいと思っている人間は変化を嫌う。あと、貴様の案をすべて取り入れると百人単位で人事の入れ替えが必要になる」
「いいじゃないですか?」
使える人間を良いポジションに引っ張ってきて、使えない人間を閑職にさよならするのは、悪いことなのだろうか。
「逆恨みや自尊心の高さゆえに自殺者も出るだろうな」
「……そんなつもりでは」
「わかっている。だから、やるならば、改革は、そうとは悟られぬように緩やかに行わなければならない。痛みをはらんだ改革の後に残るのは焼け野原だ」
閑職に落ちた貴族が将来有望な若者を殺すことは、少し考えればわかることなのかもしれない。
「給料泥棒に自覚のない不快な人間は、個人的に潰しにいけ」
「醜聞になるのでは?」
「適度なガス抜きも必要だ」
貴族のスキャンダルを平民は望んでいるのだろうか。
異能を持つ貴族のことを平民は、神から奇跡の力を授けられた尊い存在だと考えている。
神殿から教えられているものを疑わずにいる敬虔な信者ばかりじゃないのか、そうは言っても不満に思うのか。
「無能な人間が貴族として権力を行使するのは、貴族全体の不利益になる。使えない人間全員となると難しいが、気に入らない人間を個人的に排除しているとなれば、風通しがよくなるだけだ」
貴族の品位を下げる人間は公爵家からしたら目障りだ。
組織の改革のためという大義名分を掲げると、自分も対象になるかもしれないと思った誰かに邪魔される。
個人的な好き嫌いならその限りではない。
分かるような、分からないような。
結果が同じになるなら、俺がワガママ公爵夫人になるのもいい。
アリリオさまとの時間を確保したいのは、本当のことだ。
俺の立場を考えると、みんなにとっての幸せや効率を語るよりも、俺にとって都合がいいから、こうするという行動表明がいいらしい。
俺には公爵夫人という自覚が足りなかった。
少し賢い雑用係ポジションで、重宝されたかったから、手伝いを買って出ようとした。
俺の頭を撫でて、満足そうなアリリオさまを見ると力が抜ける。
俺が仕事の助手として使える便利な人間じゃなくても、異能で子供を産む人間じゃなくても、アリリオさまは必要だと思ってくれている。顔が火照ってしまう。
俺は自分が人質に取られていた状況も、何も分かっていなかった。
外を出歩くなと強めに止められたりすることもあった。
今まで、唐突で理不尽に感じていた、アリリオさまの言い分は何らかの情報を元にした判断だったのだろう。
今度からは、チッうっせーなという態度ではなく、その前後でアリリオさまが、無理な仕事を引き受けていないか確認しなければいけない。
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