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【32a】もしかして過保護か
「早速、誰を追い詰めるのか決めたのか? 顔が熱くなっている。知恵熱というやつか?」
「そんな勇者語録に載っている、幻の病気の話は良いです。アリリオさまが格好良くて素敵な旦那さまだと思っていただけです」
怒鳴って、殴りつけたことをなかったことにした俺をアリリオさまは鼻で笑う。
気づくのが遅いという顔だが、嫌味として同じ言葉を吐き出しても同じ顔をしそうなところが、ポンコツだ。
そんな不満に感じていた部分も俺がフォローすればいいと思えば、愛おしくなる。
今までの、自分は必要ないのだと突き付けられるつらさを思えば、必要とされている気がして嬉しい。
アリリオさま以外の他人からも、俺は要らない者だと思われている気がして、息苦しかった。
男として義務は、軍に入ったり、官僚になることだが、俺はそれを求められていなかった。
女としての義務である、社交界の人脈作りや情報収集も同じだ。
エビータでも、公爵家でも、どちらともする必要がないと遠ざけられた。
義務がなくて、楽だと心の隅で思いながら、怠惰な自分が嫌だった。
忙しいアリリオさまを見ているからこそ、苦しい。
苦しみは徐々にマヒしていく。
鈍くなる自分の心が恐ろしくなることもあった。
アリリオさまに刺々しい言葉を発して、後悔することも多い。
子供たちの無邪気で考えなしな言動を見ていると、思い悩んでいるのが馬鹿らしくなるので、孤児院の奉仕活動は嫌いじゃなかった。
子供たちの置かれている状況に目を向けると別の意味で気分が沈むが、人を救うと自分が救われている気持ちになる。
夢の中で視た、自分の息子やベラドンナの息子からの告白は、孤児院の子供たちからのプロポーズと同じ意味合いかもしれない。
俺が不幸せそうだから、元気づけるための言葉。
それなら、今の俺は生まれてきた彼らから聞くことはないかもしれない。悪夢の中の俺とは違って、アリリオさまとラブラブだ。
告白をする気にならないだろう。
「満足したか? もう、無駄なものを視る必要はないな」
「アリリオさまはどうして、俺に視るなって言うんですか? 未来を知って、自衛が出来るなら、いろんな面で助かるのでは?」
やっぱり、王族の異能に対するコンプレックスがあるのだろうか。
自分が出来ないことを俺がしている不快感は、あっても当然だ。
「体にどんな悪影響が出るか分からんだろ。……それに、視る必要のないことも多い。聞いている限り、自分に憑依して視ているわけではないのだろう」
執事がまとめた紙に目を通しながら、アリリオさまは息を吐きだす。
言葉をそのまま受け取るなら、もしかして過保護か。
俺がショックを受けないように気にしてくれている。
これに関しては、舐めるなと返せない。
アリリオさまは、俺のことを見くびっているわけじゃない。
心配しているわけでもない。
俺に危害を加えるものは、全部ただただ必要ないと考えている。
国にとって有益な情報を手に入れる可能性がある異能、それを個人的な感情で使用しない。
アリリオさまは、自分がそう口にしていると理解している。
恥ずかしげもなく、国よりも俺を取っている。
自分たちの安全を確保する上で有利となる異能を俺の精神面を考慮して、要らないと言えてしまうのは、どうかしている。
俺の肉体面を考慮して、息子を要らないと判断したことと同じだ。
よく分からないでいたアリリオさまの言動は、恥ずかしいほど俺に向けられている。
俺にしか向けられていないせいで歪んでいる。
こんなに思ってくれているなら、俺のことを助けられたはずだと息子が考えたのも頷ける。
「王太子はまだマシだが、三男は酷いものだ。ありもしない未来に怯えて、無駄な粛清を強引に進めようとする」
「自分が視たものが絶対なんですね。可能性のひとつだと割り切れない?」
「割り切ったとしても、世界の終わりを視てしまえば、そこへ繋がる道を断ち切りたくなるのが人間心理だ。あるいは、心弱き者か」
アリリオさまの言葉にうなずいていたら、動くなとおでこを叩かれる。軽いツッコミかもしれないが、そこそこ痛い。
アリリオさま自分の力が強いという自覚がない。
「案外、第三王子殿下が噛んでいるのかもしれませんね」
心が弱い人間は、大義のためなら他人を蹴落とす。
顔は知っているが、第三王子殿下の性格は知らない。
ずっと伏せていると聞いている。
「俺を人質にとれば、アリリオさまを動かせると考えた人間にいいように使われたのでは?」
この推測の元になるのは、息子たちの反応だ。
俺の息子は、第二王子にアリリオさまへの不信感を植え付けられていた。
これは、第二王子らしい性格の悪さだと言えるが、息子には異能がある。疑問を口に出さなくても、知ることが出来たはずだ。
ただ、異能によって得たものが真実とは限らないとアリリオさまは言っていた。
俺の視ていたものが、息子の異能なら、俯瞰して人々のやりとりを視ることになる。
それでは、口裏を合わせるため、その場限りの賛同をしていることは見抜けない。
たまたま、そういう場面を視てしまって、頭の中が混乱することは、十分にあり得る。
それとも、この症状を王族の誰かが発症しているのか。
「勘違いするな。どこかの、いつかの、未来の話ではない。問題になるのは、目の前にある現在の話だ。この時代に、この世界で、貴様に危害を加える存在が誰であるのか、それ以外は考えなくていい」
自分ではない自分がどうなったのか気になる気持ちと、今の自分は大丈夫なのか知りたい気持ちと、俺の中で半々になっている。
俺の不安を見抜けるような、やわらかな心がアリリオさまにあって、驚く。
冷たさを感じないアリリオさまに、まだ慣れない。
人を陥れる人間は、いろんな場所にいるかもしれないが、アリリオさまがいるなら、平気だ。
悪夢の中の俺には、なかったものが今はある。
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