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【34a】絶対に死なないで済む方法
俺への当てつけではないと分かっていても、厳しい言葉は痛い。
アリリオさまに言わせれば、俺が愚かなのは今に始まったことではないので、気にする必要はないかもしれない。
「愚かであるのは幸せなことだ。貴様は、子供の愚かさを容認するだろ。知らなくとも暮らしていけたことは、幸せなことだ」
愚かであることを幸せだと感じるのは、賢くなければ暮らしていけない場所にアリリオさまが居るからだ。
立場を考えれば、誇張した表現でもなく事実だろう。
アリリオさまは、自分に危害を加えようとする人間を撃退するために賢くなければならない。
愚かという言葉一つとっても、アリリオさまと俺は解釈が違っていた。
場違いにも、そんなことに考えがいく。
子供の無知さを俺は責めない。
教えられていないことを知らないのは当たり前だ。責めることではない。
けれど、責める大人は多い。
子供が出来ないことを大人は責める。
善良なシスターたちでも、手のかかる子供に不満や愚痴が出る。
十分な教育を受けたシスターほど、子供の不出来をなじる。
自分が他人から教えられてきたことをいつの間にか、自然と学習したような顔で、何も知らない子供たちを愚かと呆れる。
アリリオさまの俺への言い分も、その類だと思って、ムッとすることがあっても受け流してきた。
アリリオさまからすると愚かさは無知さであり、平和の象徴。
そう考えているから、幸せだなんて言葉が出てくる。
思い返すと今までもずっと、そういう価値観なのかもしれない。
アリリオさまは、山の中で俺に餌をねだる小動物を見て「愚かにも野生を捨てたか」と言い捨てたことがある。
そんな言い方しなくてもいいのにと呆れたが、あれは「厳しい野生の暮らしを忘れられてよかったな」ということなのかもしれない。
翻訳が難しすぎる。
俺に情報を与えず、アリリオさまが自分だけの判断で物事を処理しようとするのは、何かを知ることで俺が愚かであるという幸せを捨てることになるから。
執務や異能に関することもそうだ。
俺を仕事から遠ざけた理由も異能を使って未来を視ることを止めた理由もアリリオさまは、すぐには語らない。
知らなくていいと本気で思っているからだ。
話の流れとして噛み合わないと思ったアリリオさまの言葉を思い出す。
『私がお前と結婚したのは、お前を幸せにするためだ』
俺に死の恐怖も、身の回りにある危険も、何も教えることなく、自分のほうで処理しておくという、そういう意味だ。
それがアリリオさまにとっての愛なのだろう。
俺の愚かさの責任は、俺が取るべきだが、アリリオさまが情報を共有してくれなかったせいなら、責任は二人にある。
夢の中のアリリオさまを思い出す。
責任は自分にあると言いたげだった。
息子への状況説明もせず、批難されても受け入れる。
「アリリオさまも愚かなので、幸せですね」
「なんだと?」
「二人で力を合わせて、この苦境を乗り越えるって、そう言う場面です、今は。――自分がどうにかしておくって思ってる。俺のことを蚊帳の外に置こうとする」
執事に情報をまとめさせたのは、説明を省くためだ。
今回知ったことを元にして、アリリオさまは執事を働かせるつもりでいる。
弟の件で、動くつもりの執事への助言にもなる。
「俺は出産後、死ぬかもしれません」
妊娠中だから何の影響も出ていないだけで、すでに毒を飲んでいる可能性は高い。
息子の異能は、俺に毒を飲ませないために未来を視せたわけじゃない。
何もしなかった場合の自分の姿を知ることで、俺は生きることを、愛されることを諦めたくないと思った。
愛されたいと願う自分を否定せずに受け入れたから、自分が愛されていることを知ることができた。
俺はもう愛されるはずがないと思い込まなくていい。
愛されているに決まっていると思っていていい。
「死ぬことはありえない」
「これから、アリリオさまがそうしないために動くから? 舐めるんじゃねえよ。人の話を聞け。自分だけで行動するなって、さっきから、ずっと言っている!」
俺に出来ることなどないと思ってるなら腹が立つし、俺に何もさせたくないという過保護であっても腹が立つ。
信用していないと言われている気がして悲しくなる。
俺なら大丈夫だって、思って欲しい。
「出産後に死ぬかもしれない俺の言葉を、ちゃんと聞いてください」
「死なせないと言っている」
アリリオさまは、最初からずっと、こうだった。
夢の中でも同じだ。
原因の究明も、息子を含めた、他人の気持ちも、どうだってよくて、俺のことを思っている。
それでは、届かない場所にこれからいなければいけない。
アリリオさまだけに任せては、俺の気持ちは違っても、夢の中と同じような流れに進むはずだ。
「アリリオさまは、俺が囮になるのが嫌ですか」
「当たり前だ。貴様は簡単に命を投げ出す」
命を投げ出したつもりはないけれど、婚約中にトラブルにあって、アリリオさまに助けてもらったことは多い。
俺が誰かのターゲットなら、俺は俺を使って黒幕でも何でも誘き寄せようとする。それを分かっているから、アリリオさまは俺に何も教えようとしない。
「お前を失うために結婚したわけじゃない」
アリリオさまから独り言のようにこぼれた言葉に胸が締め付けられる。
今までずっと愛は優しくて、温かいものだと思っていた。
そんなに単純なものじゃない。
痛くも、切なくもある。
「言い難いんですが、絶対に死なないで済む方法はひとつあります」
俺たちの気持ちが途切れなければいい。
子供 がここにいるなら、異能は俺を殺さない。
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絶対に死なないで済む方法→常に妊娠中であればいい(暴論)
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