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【1b】疑問はない
想像通りではないが、望み通りに物事は進んでいる。
夜を制する者は、朝も昼も制する。
夕食は、食堂ではなく、執務室の隣の部屋で二人だけで食べた。
使用人たちを邪魔者あつかいしているようで、申し訳なかったが、アリリオさまに毒見をさせている姿は見せられない。
今後、俺が食べるものは、アリリオさまが口をつけたものにするらしい。
アリリオさまが居ないところで、飲み食いするなという指示は守ることが難しそうだ。
俺は不衛生で不潔なものを口に入れることが苦手だ。
誰でもそうかもしれないが、俺は衛生面への意識が高い。
このおかげで食中毒になったことはないが、良いことばかりではない。
誰かを不愉快にさせないよう、食事の席は気を遣う。
とくに孤児院では衛生面まで管理できていない。
手が足りず、シスターたちの知識も足りない。
手洗いに使う水がもったいないと考えているところがほとんどだ。
相手が病気を持っていると思っているわけではないのに、手洗いが不十分な手で作られたと感じると口に入れられない。
これは、勇者の世界は衛生面への基準が厳しく、エビータもそれに倣っているせいだ。
俺たち は、糞尿が窓から捨てられる光景に耐えられない。
汚いと思うものは口にできない、そのハードルを越えられると、途端に、ときめきの度合いが強くなる。
間接キスや口移し、ちんこを舐めるなんて以ての外、そう思っていた俺が、アリリオさまには平気だ。
深いくちづけは、不快なくちづけだったのは、昔の話。
食事を邪魔しない良い香りがするアリリオさま。
間接キスも気にならない。
ドキドキというよりも、ムラムラしているのか、間接ではないキスをしたくなったが、耐えた。
地に足がつかないふわふわとした気持ちで、夕食を終えた。
アリリオさまが執事たちと話している間に自室に戻り、バッグの中にいくつかの物を詰めて、寝室に戻る。
リーとライは、俺専用の侍女なので、ついてきてくれるが、荷物を持とうとは言わなかった。
目で問いかけられた気はするが、首を横に動かすとそれで終わり。
察する能力が高すぎて、助かる。
寝室に入らないでくれと言っても無表情を崩さず「かしこまりました」の一言。失礼な反応をしているが、二人は不機嫌になるどころか、応援してくれた。
バッグの中から取り出したのは、着心地は良いが野暮ったいパジャマではなく、セクシーなナイトウェア。
初夜に悩殺下着は有効だと、姉たちからいろいろと渡されていた。
あざとさ満載なもこもこなナイトウェアとスケスケな薄衣なナイトウェア。どちらがいいのか決めかねる。
ここは下着に合わせるべきだろう。
一見すると普通の下着だが、おしりを突き出すと丸出しになる。
これは下品だと、アリリオさまにおしりを叩かれるかもしれない。
着衣エロからの、裸の密着セックス。
最初から裸よりも、着ていたものを脱がす過程が入るほうがいい。
すんなりと手に入れるよりも、焦れったさが征服欲を煽る、はず。
どの組み合わせにするか、鏡で自分の身体に当てながら考えていると寝室の扉が乱暴に開けられた。
思わず驚いてしゃがみこんでしまったが、侵入者はアリリオさまだろう。
顔を上げると、ベッドを挟んだ向こう側にアリリオさまが居た。
威圧的というか、目が怖い。
俺の何かが気に入らない時の顔だ。
ベッドの上に広げていた、ナイトウェアや下着をバッグに入れる。
「シャワーを浴びてきますね」
「いい。風呂なら午前中にイヤになるほど入った」
「イヤになるってことはないでしょう」
アリリオさまと違って、俺は良い匂いがしているわけではない。
少しでも清潔という意味での綺麗でいたい。
顔立ちや体つきは変わらないが、風呂上がりは綺麗になっているはずだ。
抱き寄せられて、耳元で「構わん」と言われた。
今までだとアリリオさまが構わなくても、俺が構うのだと嫌な気持ちになっていた。
少しでもマシな自分を見せようとしていた努力を否定された気になるからだ。
風呂に入っても入らなくても変わらないと言われた日には、自分の体臭に頭を抱えた。
お風呂に入っても臭いと言われていると思っていたが、どっちの俺でも好きだと言ってくれているらしい。
シーツを汚さないために挿入したまま、浴室に行くことがあるので、先にシャワーを浴びても、浴びなくてもどちらにしても変わらないのは事実だ。
「……それで、わざわざソレを着るつもりか?」
「お風呂上がりの俺がどんな格好になるか、お楽しみということで」
「いらん」
バッサリと切り捨てられて、ベッドの柱に小指の角をぶつけろと思ったが、俺の服を引っ張って、脱がしてきた。
ベッド沿いに俺のところに来るのではなく、ベッドの上を通ってきた。
直線的に動くアリリオさまは、ヤリたい盛りか。
優しさもロマンもない。
抗議の声を上げる前に何かを投げつけられた。
思わず顔面で受け止めてしまって「ぷぇ」と間抜けな声が出る。
着ろということだと思って、服の前後を確認して袖を通す。
「なぜ、着ている」
着てから文句を言われるのは、絶対におかしい。
着られたくないなら、着ようとしている段階で止めてもらいたい。
「貴様は、その格好に疑問はないのか?」
「え? 脇の下から手を入れて、胸を触れるえっちな服だと思いました。背中も大きめに開いているし」
アリリオさまは「そこまで分かっていて、なぜ着る」と不満げに見てくる。
なんだ、これ。面倒くさい。
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