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【2b】殺害予告
アリリオさまは、俺に何を求めているのだろう。
デザインに対する判定が欲しいなら、そう言ってもらいたい。
実家でのことを思い出す。
テーブルに人数分のお菓子があるから、何も言わずトイレに行って、戻るとお菓子が残っていなかった。
姉に残しておいてくれればいいのにとつぶやくと、どこに行ったのか分からない、必要だと思っているのか分からない、そんな相手のために残しておくわけないと返された。
食べたいなら残しておいてと一言、ちゃんと伝えろというのは、その通りかもしれない。
姉は、言われたからといって、残すとも限らないけどねと笑っていた。
食い意地がはりすぎだ。
ともかく、思っているだけでは、求める結果は得られない。
動いて、あがいて、それでもダメなことだってある。
分からないものを分からないままにするべきじゃない。
「どうして、俺は怒られてんですか」
アリリオさまは怒っていない。不満げで、すねた感じだ。
俺のほうが怒った雰囲気を出している。
もちろん、本当に怒ったわけじゃない。
姉のひとりが、口癖のように怒ったもの勝ちと言っていた。
食べっぱなし、飲みっぱなしな姉に台所まで食器を下げるぐらいしなよと言えば、大したことじゃないならそのぐらい気づいた人間、つまり俺がすればいいと言われてしまう。
嫁ぎ先が決まっていた姉は、先方の習慣にならって、食器を片付けないという。
給仕係がいる家なら、皿を片付けようとする奥さんは困るかもしれない。
逆切れにしか見えなくても、自分は間違っていないと強めに主張されると納得してしまう。
冷静に考えると、それはそれ、これはこれだ。
実家にいるなら、実家のルールに従うべき。
姉の言い分は屁理屈でしかない。
「俺は怒られることなんてしてません」
気の強い姉を脳裏に描いて、ツンとした態度をとってみる。
嫌われないよう、謝ったり、誤魔化したり、機嫌を取ろうと思ったりしない。
俺は悪いことをしていないのだから、堂々としていい。
「貴様は私が渡したら、どんなものでも着るつもりか?」
アリリオさまが着て欲しいと思っているなら、着たい。
それの何がおかしいのだろう。
「問題がありますか?」
「大ありだ」
「どんな問題が?」
「私が興奮する」
褒められているのか、怒られているのか、よくわからない。
この国でナイトウェアといえば、伴侶の性的興奮を呼び起こすためのものだ。
パジャマならただの寝巻だが、ナイトウェアはときめきの具現化だ。
男女の夢が詰まっている。
貴族は高級なナイトウェアを夫が妻に渡すのが、夜のルールとして定着している。
最高の夜のため、金に糸目はつかないのが貴族だ。
アリリオさまから、防御力高め なパジャマしか貰った覚えがない。
同性に対する興味が低いなら、こんなものだと思っていた。
少しの安心とそこそこのショック。
子供を作るための穴を飾り付ける必要はないと、そう考えているのだと考えていた。
アリリオさまからナイトウェアを贈られなかったので、マンネリ防止に使うための未使用のセクシーなナイトウェアや下着に手を出そうとした。
「……用意はしていても、渡しそびれていたということですか?」
「着心地が良ければ、貴様は私が屋敷に居ないときも着るであろう」
俺が着ているナイトウェアは、重さを感じないほどに軽い。
キラキラと輝く魔石の粉末で描かれた模様は、シンプルながらもゴージャスな仕上がりだ。
すこし気になって、鏡の前に行く。
手を動かすと服の色合いが変わって面白い。光に反応して、色を変える素材はいくつかある。俺の持っている本でも、装丁が変わるものがある。
優雅な模様の中に簡素化しているが、魔法陣がある。
「これは、形状記憶でしたか? 魔石の粉で、略式でも発動する仕様ですね」
「便利な道具を認めない過激派に見つかれば、首が飛ぶ」
「大丈夫ですよ、アリリオさま。この姿で、来客を迎えることなどありえませんし、見咎められたとしても、堂々と言ってやればよろしい」
高級品とされているナイトウェアが、要望をのせすぎて他国の技術を用いた、この国にはないとされている魔道具になってしまった。
そのことを俺は、責めたりなどしない。
便利さを追求して、魔道具を使用している貴族は多い。
それを理由に貴族を処刑することもままある。
異能以外の神秘を許していないこの国からすれば、魔道具は邪法。
使用する人間は処罰しなければならない。
貴族の数を調整するための方便だが、弱みを見せるべきでない。
せっかく大金を積んで作らせたのだろう、ナイトウェアが日の目を見ることがなくなり、複雑な気持ちを抱えていたのだろう。
「何を言えと?」
「エビータ が身にまとうものは全て、勇者からの贈り物なのです」
「私からのものだ」
そこ、張り合わないで欲しい。
「たとえ、アリリオさまが国内外の職人に作らせた証拠が出てきたとしても、魔道具を理由にエビータを裁くことは出来ませんよ」
俺の言葉に腑に落ちないという顔のアリリオさま。
えっちな改造チャイナ服を俺に着せたがる割に真面目だ。
「法で守られております。建国前から存在する一族は、この限りではないと記載されているので、勇者を言い訳にせずとも魔道具は使い放題です」
勇者が各地にアーティファクトを残してくれたのも、エビータが元々持っていた魔道具の功績が大きい。
一から自分の望んだものを作り出す勇者もいるが、この世界の既存品を良い方向に作り直す勇者が多い。
神の定めた勇者に関連するものは、迫害対象にはならない。
つまり、エビータも迫害されてなどいない。
勇者とセット販売ぐらいの感覚で、エビータは定着している。
「暴動が起こると無学な人間に蹂躙されますが、さすがにそれは、最終局面でしょう」
「愚かな貴様が、危害を加えられたと思い込まないならよい」
姉が誤魔化すときの言い回しに似ている。
自分に非があることを分かっていても、認められないこともある。
アリリオさまの立場を思えば、ちゃんとナイトウェアを作っていたと持ってきてくれるだけいい。
「アリリオさまが便利服に対して、そんなに神経質になるとは思いませんでした」
下位の貴族からすると魔道具の贈り物は殺害予告だ。
本来持っていないはずの魔道具を下位の人間が持っているのは、不正入手を疑われる。
難癖をつけて、これからお前の家を潰すという宣言だという。
エビータである俺は、日常的に魔道具のある生活をしているので、その危機感はあまり分からない。
「夫から妻への最初の贈り物になるはずのものだ。見送ることにもなろう」
初夜の日に、こんな高級品を貰っていたら、大切にされているのだと感じて、絶対にテンションが上がった。
俺に危害を加えているという意思表示をしたくないという、アリリオさまの気持ちは嬉しい。
でも、説明は欲しかった。
防御力の高いパジャマとセクシーなナイトウェアの両方を渡した上で、一言あれば、配慮に胸が熱くなる。
「それにしても、この布地の色は――」
褒めようとして、うっかりした。言葉を止める俺に「よい」とアリリオさまが手を払う仕草をした。
「好きに話せばいい。エビータに文句をつけるのは、勇者に唾を吐くのと同じだとでも言ってやればいい」
そういう感覚で育っている俺だが、あらためて人から言われると恥ずかしくなる。
とくに、アリリオさまは、勇者に唾を吐くことも気にしない人だ。
勇者の意向は、先祖の意向として、積極的に主張すべきだという姉の考えに染まりきるほど、俺は図太くない。
勇者語録にある虎の威を借る狐になるには、俺には強かさが足りない。
「ともかく、俺のためのものは、俺にくれると嬉しいですっ」
同じ物ではないかもしれないが、悪夢の中でベラドンナにナイトウェアが贈られたという話は聞いた。
ベラドンナ自身の申告だった気がするので、自分で買って、支払いを公爵家にしたことで、アリリオさまからの贈り物だと言い出した可能性もある。
今の俺だから思いつく可能性であって、悪夢の中では本当にショックを受けた。
豊満な肢体を持つ彼女はナイトウェアが似合うだろう。
そう思って落ち込んでいた悪夢を思い出す。
欲しかったのが、ナイトウェアではなく愛であるのは分かってる。
アリリオさまの髪や瞳の色を思わせる、アイスブルーの色でナイトウェアの色が固定された。
着ている人間の気持ちが、反映される服が他国にあると聞いたことがある。
先程まで色がいろいろと変わっていたのは、俺の気持ちが混乱していたからだ。
このナイトウェアでは、アリリオさまのことしか考えていないのが、バレてしまう。
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感じてるか、感じてないか、着衣エロだとバレちゃう仕様。
(アリリオは初夜に渡すのを見送って、結果的に良かった)
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