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【3b】すでに死んでいる
「破っても汚しても問題ない上に露出を脇に置けば、勇者語録にある、光学迷彩や石ころ帽子と同じ効果もある」
「俺と野外プレイをしたいあまりに、アリリオさまはそういう機能付きの服を仕立てたというわけですか」
アイスブルーの服が照れくさくて、茶化してしまった。
勇者語録でしか知らない鬼の顔をするアリリオさまに素直に謝罪する。
今のは俺が悪かった。
俺だけが他人から見えないということは、アリリオさまが野外で、ちんこを露出して腰を振る変態になってしまう。
「万が一、体がつらくて逃げられない緊急の朝のための機能だ」
エッチの翌日にどこからか奇襲されることを想定しているなら、殺す気かと思うぐらいに抱き潰していたときにこそ、渡して欲しい。
「匂いや空気の流れは誤魔化せないから、一瞬の目くらましだ」
「これは脱いでも効果は持続しますか?」
「機能は思念に影響を受けるらしい。持続力も思いの強さだ」
どの国でも再現可能な技術と独自の神秘の形態とがある。
国によっては、思念という概念自体が通じない。
「俺が光り輝けと念じると――相手の目を焼いたりするわけですね」
そこまでの出力がなくとも、急な光は敵をひるませられるだろう。
安全を考えるなら、毎日着るべき服だと思った。
「日常的に着るというなら、部屋から一歩も出さん。リーとライとは、扉越しに会話するのだな」
「そんなスケベ服っ!? 脇の下が開いてても、脇を締めてたら気づかれないし、背中の露出も表からなら気づかれないかと」
腰から大きく入ったスリットは、ズボンと合わせやすくていいと思う。
スリットがないとワンピースのようになってしまう。
このナイトウェアのデザインなら、ズボンをはけば男物で通用する。
ズボンがないと、防御力が低い。
「貴様、気づいていないのか? 会話中、所々で全裸になっている」
待ちきれなくて、脳内で服を脱いでいたらしい。
別の意味で、敵をひるませられるが、この発想はアリリオさまから怒られる。
ナイトウェアはナイトウェアだ。
夜に寝室で着る、夫婦のための特別着。
普段着や部屋着とは違う。
「そんなに気に入ったのなら、普段使いが出来るよう、機能を制限させて、新たに作らせよう」
「切り取った本のページにあった公開プレイをやりたくないけど、興味があるという葛藤が――」
言い終わる前にベッドへ投げ飛ばされた。
俺はたぶん緊張している。
緊張のあまり、言わなくていいことが口を突いて出る。
これから、普通のエッチをして、やっと俺は処女ではなくなる。
妊娠しているにもかかわらず、処女と判断される、その状態から脱却する。
そう思って、主治医がコップの中の液体を堕胎薬認定するまで、本を読んでいた。
アリリオさまに貸した『フェティシズム大事典~例題も添えて~』以外にも、俺は本を持っている。
不思議と、今日は普通ではない内容ばかりが目に入った。
いずれ、この道に進むのだと言われている気がして身悶えた。
外で用を足すのは、トイレがない緊急避難であり、快楽のためとか意味不明だ。
排泄時は無防備になるので、音を立てるようにやれと言われたことがある。
山賊が出る地域だったので、アリリオさまに従ったが、羞恥心で死ねるほどの非日常体験だった。
ベッドの上で膝を抱く。
スリットのせいで足が完全に露出するが、股間は隠れる。
「アリリオさまに、抱かれる前に……言っておきたい、ことがあります」
「なんだったか? 勇者語録にあるフレーズか?」
そのつもりはないが、なんとか宣言的なものかもしれない。
「実は、俺は……処女なんです」
「イカれたか。落ち着きがないと思っていたが、ここまでとはな」
「そこはイカしてると思って欲しいんですが、処女だから読めないって本から言われています」
言わなくてもいいかもしれないが、言っておいた方がいい。
うっかり首絞めプレイなどされたら、一生処女のままだ。
アリリオさまの出方を見ると決めていたが、堕胎薬を人知れず盛るような、非常識な人だ。任せられない。
俺のことを好きなアリリオさまは、俺の願いを聞いてくれる。
ただし、口に出さないものは読み取ってくれない。
言うだけならタダだと姉も言っていた。
嫌われないのだから、頼み事は声に出して主張する。
これからは、言葉を飲み込んで、息苦しくならなくていい。
初夜は普通のエッチをするものだと俺の中で決まっている。
アリリオさまには、この固定観念に沿ってもらう。
「勇者の作り出したアーティファクトは、精神面を重視すると聞いたことがある。貴様が処女を損失したと実感できる手順は何だ?」
アリリオさまは、俺の言葉を聞こうとしてくれている。
初夜のやり直しなんていうのは、俺の中だけで勝手に思っていればいい。
その気持ちが消えていく。
セックスは一人でしない。二人のことは、二人で話し合うべきだ。
伝えるべきことを頭の中で思い描く。
俺より先に、イってはいけない。
俺より後に、イってもいけない。
出来るなら二人で同時がいい。
難しいなら、出来る範囲で時間差を少なくして欲しい。
「俺が達しているのに責め続けるのは、やめてください」
「どのぐらいだ? その言い方だと、休みを入れれば構わないということだろう」
一回だけにしようと、以前提案した。
アリリオさまは、守ってくれているようで守ってくれていない。
欲望が股間の肉棒を暴れさせるからだ。
ちんこは制御不能の暴れん棒なので、回数制限など意味を成さない。俺の体がつらいか、つらくないかを判断基準にして貰いたい。
「死んじゃうって言ってるときは、死んじゃうのでやめてください」
「そう言って、死んだことなどないだろう……だが、そうか」
アリリオさまは「死んでいるのか」と独り言のようにつぶやく。
見上げると納得した顔をしていた。
「貴様は、すでに死んでいる。そういうことか」
「どういうことだ……」
「私に抱かれるたび、貴様は死んでいるのだろう。概念的な話だ。未だに処女だというのは、夜を生き延びていないせいだな」
よく分からない話だが、俺は今後「ひぎぃ」と叫ばずに済むのだろう。
そうだと思いたい。
あわを吹いたり、白目を剥いて意識を飛ばすことがない、優しい夜が欲しい。
「俺の呼吸が整うのを待ったり……そうですね、頭を撫でてお互いにまったりするのが良いですね」
「その類のことは、本からの要望の中にあった。考慮しよう」
本にあったなら、今日よりも前に適応して欲しかった。
「奥に強く挿入するのも俺の負担になります」
「奥に向かって射精するとすぐに孕むからそうしろと言っていなかったか?」
回数を減らすための雑な逃げ口上が、俺の首を絞めてくる。
「すでに孕んでいる身です」
「それもそうか。なるほど……子作りではないのなら、快楽を引き出すためことを重視せねばな」
アリリオさまにそれが出来るのか不安だ。
自信がありそうな顔をしているが、力が強く強引なことが多い。
「いつもより、ゆっくりと……優しくお願いします」
こうして、俺の初めてではない初めては始まった。
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