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【4b】恥ずかしい

ベッドの上で、二人で座って、向かい合う。 子供が出来た夫婦とは思えない余所余所しさ。 息を吸って、吐いて、また吸って。それでも、落ち着かない。 心がざわざわと揺れている。 滑稽でしかない俺の緊張と混乱を、アリリオさまは茶化すこともなく待っている。 これが、アリリオさまなりの、優しさなのだろうか。 「……ひゃ、ふっ」 手を触られて、飛び上がるほど驚いた。 口から出た声は、自分のものではない。そう思いたくなるほど、意思に反していた。 声というより、音だ。つい、口から出た音。しゃっくりだ。 「いやがって、いる、……わけではなく、その、緊張して」 顔どころか首筋まで、あつい。 体は何度も繋げた。子供だっている。 それなのに俺は、緊張から体が固まっている。 今更、緊張も何もないだろと冷静な自分が頭の隅でため息を吐く。 思い切って、アリリオさまに抱き着いた。 抱きついたというより、前のめりに倒れた俺をアリリオさまが支えてくれたのかもしれない。 しばらく、お互いに何も言わず、抱き合っていた。 息を吸い込むとリラックス効果のある俺の好きなお茶の香りがする。 未だにアリリオさまから感じる香りは極上だ。 ふと、アリリオさまがどんな顔をしているのか、気になった。 顔を上げると、その流れでくちびるが触れ合う。 キスは特別なことではない。 俺にとって、特別だとしても、アリリオさまにとっては違う。 そう、思い込もうとしていた。 素直に喜んで、得られたと思ったものが勘違いだったら、生きていけない気がしていた。 くちびるはやわらかく、湿り気を帯びていた。 怯えていた気持ちが、勢いづく。 触れ合うだけのくちづけでは足りない。 自分から動くことなく、アリリオさまに身を任せていればいいとツッコミを入れる俺がいる。同時にアリリオさまを待っているから緊張するのだと自分の心を解析する俺もいた。 舌と舌が絡まり合い、甘い味に酔いしれる。 正気のままで、セックスなど出来ない。 恥をかきたくないという自分のプライドは邪魔だった。 綺麗な顔を見せたいと思う気持ちは立派かもしれないが、俺は、綺麗じゃない。 変な声や顔をして、嫌われないようにしようと今までずっと、体の感覚を麻痺させていた。 痛いからと言って、素直に痛いと言えば、角が立つ。 気持ちよくなくても、気持ちいいと言っておけばその場は終わる。 いつの間にか、夜は、苦痛だけの時間になった。 自分の首を絞めることになった、いくつもの嘘。 「……はっ、はぁ」 くちびるが離れて、息を吸う。 アリリオさまの口元のホクロを舐めていると「身体中が敏感になっているな」と言われた。 視線の先にあるのは、俺の背中だ。 もしかして、背中まで赤くなっているのだろうか。 恥ずかしかったので、アリリオさまにキスをする。 くちびるをくちびるで挟んで、言葉を封じる。 意地悪な言葉も、優しい言葉も、今はまだ恥ずかしい。 手と手を握りあって、お互いの口の中を探り合うように舌で触れあう。 くちゅくちゅと今まで聞いたことがない水音が聞こえる。 前もこれほど、音が響いていたのか、俺が音にばかり集中しているのか。 今まではシャワーの音に耳を澄ませて、俺とアリリオさまの音は聞こえないふりをしていたかもしれない。 キスの音が、恥ずかしい。 恥ずかしいのが、気持ちいい。 布地のない、背中の開いた部分を指でなぞられた。 驚いて、アリリオさまの舌を噛んでしまう。 血の気が引くが「驚くと口の中が閉じるのか」と笑われる。 からかいの混じった声は優しい。 俺を責める気配がない。 安心して気が抜けたのか、アリリオさまの肩口に顔を押し当ててしまう。 その体勢のまま、しばらく背中を指で撫でられ続けた。 そのぐらいのことで、快感が煽られていく。 気づいていなかったが、指で俺の名前を書いていた。 実際に呼ばれるのと、どちらが恥ずかしいだろう。

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