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〔獣b〕理性を削っていく
十=獣
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彼の発する空気が、甘く蕩けている。
酒に酔ったときに似ているが、正気を失っているわけではない。
見つめ続けると居心地が悪そうに体を揺らす。
頭を撫でるとホッとしたように力が抜ける。
今日に限らず、昼はおだやかな愛想笑いと困った顔や戸惑いを隠そうと努力している、そんな顔ばかりを見ていた。
今日は珍しいツンと澄ました横柄な態度や純度の高い怒りの顔が見れた。
静かに言って聞かせても分からない相手に対して、彼がああいった振る舞いになるのは、知っている。
孤児院を使い捨ての労働力どころか性具工場と見なしていた貴族を糾弾するとき、反論も反撃もできないぐらいに相手を潰す。
白か黒かハッキリさせなければならない問題を彼も経験して、甘いだけの人間ではなくなっている。それでも、人の良心に期待をかけて、悪人が善人に変わることを望んでいる。
ふと、それは私にも適応される願いなのかと気づいてしまった。
彼の要望に応え、ゆっくりと時間をかけて分だけ、いつもはこわばっていた表情が柔らかく緩み、冷たいことがある手があたたまっている。
いつもより、受け入れられているという実感が強い。
「んっ、ふぅ……にゃぁ、なんです、か?」
耳の裏を撫でるとくすぐったがる。以前に同じことをしたら、首を激しく左右に動かして振り払われた。
気持ちがよくて、恥ずかしいのだと彼の反応から分かる。
やりすぎないように手をとめるのは、強い自制心が必要だ。
自分を律することは得意分野だと思っていた。
彼に限っては違う。
初対面のときから、何から、我慢が出来ていない。
ふぅふぅと動物のような呼吸の仕方になる彼から手を放す。
万全の状態なら、このまま腰を大きく動かして、彼を悦ばせたかもしれない。私の性器は無理が出来ない。
彼の容赦のない締めつけに快楽よりも恐怖を感じる。痛みというより、危機感だ。
性行為の最中にお互いの指をくすぐり合って、遊ぶ時間を作るとは思わなかった。私が感じたささやかな恐怖は、受け入れる際に彼も感じているのかもしれない。
「おなかの、なか……満たされている、かんじ、です」
「いつもは違うのか」
「いつもは、貫かれてるかんじ、ですね」
この違いが分かるかと彼から問われている。
髪の毛が目に入らないよう彼の頭に触れる。
以前なら、すこし硬直する瞬間があった。
私が彼の頭を押さえこんで激しい前後運動をしたからだ。
かれをきもちよくさせるためであるのと同時に肉体的な強度を見ていた。
エビータ一族は安産の異能を持っている。
他の人間と体の作りが違う可能性がある。
筋肉が発達する異能を持つ一族は、異能を使って筋肉量が上がるよりも前から、一般的な身体とは違う。体の作りが違っていたら、普通とは違う怪我や病気をするものだ。
自分の伴侶のことなのだから、いくらでも気にかけていい。
彼は間抜けで、転んだり、穴に落ちることなど日常だ。
雲の流れや蝶の動きに気を取られて、足元をおろそかにする。
私がとなりにいて手を握っていれば、彼が転ぶことは防げる。
彼の下半身に手を伸ばすと「イキすぎ地獄禁止」と手を軽く叩かれる。苦痛が続くことを地獄というのは勇者語録にある考え方だ。
快楽も過ぎればつらくなるのだと、分かっていたつもりで、軽視していたかもしれない。
ベッドの中で彼がここまで、表情をくるくると変えながら私を見てきたことはない。いつも、一つの顔だった。
昼と夜の彼は違う。少なくとも、私に見せる顔は違っていた。
そう感じていたが、明日からは同じになるのかもしれない。
夜の彼は、私を拒む雰囲気がある瞬間に折れて、ぐずぐずに崩れ出す。今日は違う。
昼のときと同じツンとした顔で手を叩いて見せる。
足の甲にくちづければ、戸惑いを含んだ顔と夜のときと同じ恍惚とした艶めかしい顔を見せてくれた。
彼は顔を使い分けていたわけではない。
それほど器用ではない。
私が昼と夜とを使い分けていたから、彼は引っ張られていたのだ。
ベッドの中のように日中の彼は甘えてこない。
そのことに疑問はあった。
よく考えなくても、原因は私だ。
夜はいつだって、彼が前後不覚になって、私に甘えてくるまで追い詰めている。
昼は人目もあるので、常識的な範囲にとどめている。
今日の日中、彼がいつもより感情を表に出して接してきたのは、私がそこまで彼を追い込んだからだ。理解は今更だ。
反省しなければならない自分の言動を思い返す。
そして、納得をする。
何かが足りなくて、どうにかしたくて焦っていた。
彼の負担を軽減させるために側室を作ろうとしたり、堕胎させようとしたり、彼に好かれるために画策したことが、彼によって流れていった。
彼の性格は分かっていたはずだ。
人を蔑ろにすることを彼は好まない。
自分が楽をするために人に苦労を掛けるのを彼は理不尽だと感じてしまう。
彼の性格を思えば、自分の代わりに他人に子供を産ませることを了承するわけがなかった。
額の汗をぬぐってやると小さく彼が笑う。
蝶が花の蜜を吸うところを見ていたときと同じ顔だ。
何がおかしいのかたずねると「こんな状態で待たせるなんて、無理をさせていると、思って」そう言って、また笑う。
その微笑みは甘く、安心しきっていた。
ラチリンの香りが彼の香りと合わさって、新しい甘さになっている。誰にも嗅がせたくないが、情事の残り香をまとう彼というのも、官能的でいい。
期待と不安が混ざり合った表情で「動いてください」と彼は言った。
小さな声を聞こえなかったことにして、黙っているとシーツに爪を立てだした。
自傷行為かと思ったら言い難いことのタイミングを見ていたらしい。消え入りそうな声で「いじわる」とこちらを責めてから、震える声で深くつながりたいと言ってきた。
「きゅ、うに、じゃなくて、俺が、ダメだって言ったら、とまって」
「それは無理だな」
彼の体を半回転する形で体位を変える。正常位から始めて、先程までの側位。今は後背位。
体勢を変えるたびに彼は大胆になり、私の理性 を削っていく。
背中を向けていることで、私の視線を気にしないのか「尻を上げて、自分で腰を動かしてみろ」と言っても嫌がらなかった。
それとも、挿入したままの状態では満足できないと体が感じたのかもしれない。
正常位では、自分で動くように言っても困ったような顔をして動かない。動くのが嫌な怠惰な人間だと思ったが、問題は筋肉のつき方や日々の体の動かし方かもしれない。
後背位では動くのに抵抗がないのだから、性行為の中で動きたくないわけではなさそうだ。
口を閉じるため、顔の前に伸ばされていた手を捕まえる。
戸惑うように後頭部が揺れるが、ダメという声は聞こえてこない。
「……あっ、あっ、ひぃ、こえがっ」
後ろ手で彼を縛るような体勢になったが、変える気はない。
腰使いが前後ではなく、左右になっているのは、距離感がつかめないからだろう。
逃げているように見えるので、ちゃんとした腰使いを覚えるべきだ。私は彼に逃げ回られるのが、好きではない。
「ひっ、あ、あ゛ぁぁ、ふか、ぃ」
彼の声が少し濁る、気持ちがいいという合図だ。
自分の性器への不信感はない。
道半ばで折れて使い物にならなくなったら最悪だと思ったが、彼の声を聞いていると生涯現役だろうと思える。
「あ、めぇ、だめぇ、……あっ、あぁ、……り、りお……、ゆっくりぃ、おね、がいだ、からっ」
奥まで突くたびにかわいらしい声をこぼすので、もっと聞きたくて腰を動かし続けていた。
彼の手は解放しているが、シーツを握りしめている。
口まで持っていく気力はなさそうだ。
息を整えようとする彼のうなじに噛みつく。
驚いて緊張している体をほぐすよう、胸に触れる。
脇の下が開いていて、体勢のせいで服の布地もゆとりがある。
私が直接、彼の胸に触れられる。
正面からでは難しいが、背後から抱いているので胸には触れやすい。
彼から「バックは乳首いじり放題の魔の体位っ」と期待もある。獣人だったら尻尾を振っているような興奮の仕方に微笑ましい。
再三言われたようにつまんだり、力を加えないように触れる。
指が乳頭を撫でるたびに彼が獣のうなり声のように、ふぅふぅと息を吐く。後背位では顔が見れないのは残念だが、彼の口から独り言があふれている。
「……だめぇ、このま、ま、だと、ちくびで、イッちゃう!」
頭でベッドに穴を開けたいのか、自分の上半身を頭だけで支えようとする。頭をシーツにこすりつけるので、私も体勢を崩しそうになる。不本意だが、手を伸ばして枕を引き寄せる。
彼に枕を渡すと体勢が安定した。
「ちんこ、が、……出したくなってる。ちくび、いじられながら、射精したがってる。だめなのに。まだなのに。ばか、あくとく、ひどいはなしだ。こんな、んんっ、うぅ、おればっか、へろへろに」
ともすれば、恨み言にも聞こえる。
純度が高い本音は毒が混じるものだ。
乳首に触れながら、挿入したモノを意識する。
強度に不安も不満もなく元気だ。気持ちいいが、気持ちの良さに溺れすぎると彼の声が聞きとれなくなるという不具合が発生する。
これは私の耳が遠くなるのか、彼の嬌声が音ではなく吐息になってしまうからか。前後ではなく、奥を撫でるように腰を動かしているのがいいのか「へろへろ、やだぁ」と言いながら悦んでいる。
ここまですれば、大丈夫という感覚から乳首を軽くつまむ。
引っ張ることはしない。
「……そろそろ、イキたい」
今までは彼を何度も絶頂させてから果てていたが、今回はなかなか早い。本当なら、上半身を起き上がらせて、膝に乗せるような形の体位もするつもりだった。
自分のナイトウエアの変化や表情の色っぽさを理解していない彼に鏡を見せてやりたい。
今回は、私の下半身が限界だ。
敗北宣言にも感じる私の発言に彼は「俺も」と頷く。
腰を動かすだけが性行為ではないが、性器への刺激は気持ちがいいし、彼が乱れる姿は興奮する。
涙と汗と、ときに鼻水や唾液で顔を汚しても、かわいい。
ぐちゅぐちゅと響く水音と抑えきれない彼の声が混ざり合って、耳が至福だ。
いつもより、声が高く、声の大きさにバラつきがある。
絶頂の前段階が長すぎて、敏感になっているのかもしれない。
前戯のときに「全身が性器になったみたい」と卑猥なことを言っていた。
少し触れられるだけで感じてしまうと言いたいのかもしれない。
慎ましやかな語彙力に思いをはせると今にも発射されそうなモノを押しとどめることが出来る。
「――いっ、いしょ、いっしょに、あっ、りお」
頭を撫でて、応える。彼の体が痙攣するようにビクッと動く。
私も彼の奥に射精した。
お互いに体力を残しているが、無理はするべきではない。
腰を引いて、自分の性器を彼から抜く。
この瞬間、彼はいつも名残惜しそうな顔をする。
後ろ向きだと見れないので、彼をひっくり返して顔を見る。
少し寂し気な顔ではなく、満ち足りた表情だ。
風呂場に連れて行って、体を清めるべきだが「服の効果で、きれいです」と言われて抱きつかれた。
横向きで向かい合って寝転がる。
彼が足を絡ませてくるという珍しい状況に冷静でいることは難しい。あと、五回ぐらいしたくなるが、自分を労わることも大切だ。
挿入しない形で、今日を過ごしてもいい。
くちづけが気に入ったのか、彼はもう一度、達した。
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この後、足を絡ませ合って、ちゅっちゅっしながら、イチャイチャし続けますが割愛。
次回は主人公視点に戻ります。
ナイトウエアの脇のところから手を入れるっていうのは、タンクトップの脇の横から手を入れる感じのイメージです。
パっと見、防御力が高そうな改造チャイナ(ソシャゲのえっちぃ感じ)ですが、脇の下は空いているし、背中も開いているし、スリットが深いから寝転がると下半身の防御力はゼロ。
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