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第4話
天音との出会いは高校の入学式だった。
顔を合わせて、俺は雷に打たれたような衝撃を覚えた。胸が切ないほどに高鳴って、体が熱くなる。ぽーっと熱に浮かされて、天音の顔を見つめる。一方で、天音も俺のことをじっと見つめていた。真剣な表情をかっこいいと思い、胸がきゅんとなって、そんな反応をしてしまった自分自身に驚いた。
天音は俺の運命の相手だった。アルファとオメガには、出会った瞬間に互いに惹かれあう「運命の相手」が必ずこの世に存在するという。
それまでは運命なんて馬鹿らしいと思っていた。出会ってすぐに恋に落ちるなんて、そんなこと有り得るわけがないと。
けど、雷電のように訪れた衝動に俺は抗えなかった。俺はこんな見た目だけど、どうしようなくオメガだった。
自分でもおかしいんじゃないかと思うくらい、俺は天音に溺れた。
そして、また天音も、はじめの頃は俺に優しかった。天音は俺のことを「甘くていい匂いがする」と言った。俺は天音の"お気に入り"になった。
甘い匂い――人からたまにそう指摘されることがあった。悪人面に似合わず、俺のフェロモンはとっても甘い匂いがするらしい。天音はそれを大層気に入って、頻繁に俺にくっついてきた。
天音は人気者だった。人目を集める容姿に、声も大きく、発言力がある。あっという間にクラスの中心人物になった。
そんな天音といつも一緒にいる俺は目の敵にされた。「かわいくないくせに」「何であんな奴が……」そんな陰口はしょっちゅう聞こえて来た。フェロモンで天音をたぶらかせたとまで言われる始末だった。
しかし、その頃は誰かから直接嫌がらせを受けることはなかった。学校では天音が俺にべったりとくっついていたからだ。
俺はまだ発情期を迎えていなかった。だから、天音と完全に番になったわけではなかった。「発情期が来たら噛むから。その日が楽しみだね」と天音は俺のうなじを愛おしげに撫でた。
そして、2年生への進級が近づいてきた冬の日――俺は発情期を迎えた。
そろそろ来ることを予感していた俺は、そのための準備もしていた。
初めての発情期を過ごすためにアパートに部屋を借りた。オメガとアルファの子作りを推進するために、最近ではそれを補佐する制度がいろいろとある。オメガと診断を受けた者には補助金が支給されたり、部屋を借りるのにも割引があったりするのだ。学校を休むことも問題ない。発情期が来たオメガとアルファであれば、その期間は欠席申請が受理される。高校生にもなれば、そういった理由で休みをとる者もちらほらと現れ出す。
俺の家族は諸手を上げての賛成だった。むしろ、母さんには泣かれた。母さんは天音を紹介した時、彼のことをえらく気に入ったそうで、「あんな素敵な子があんたの番になってくれるなんて……!」とハンカチを握りしめながら泣いていた。
と、そんなわけで万全の体制を整えて、俺の発情期を迎えた日。俺と天音はその部屋にこもった。
今思えば、部屋に招き入れた瞬間から天音は微妙な表情を浮かべていた。けど、俺はドキドキとうるさい心臓を鎮めるのに忙しくて、そのことに気付けなかったんだ。
キスはすでに経験済みだった。むしろ、天音の方からよく仕かけてくるので、こいつはキスが好きなんだろうと俺は思っていた。
だけど、その日は少し口を合わせただけで、天音は顔をしかめて、すぐにやめてしまった。その後の天音がずっと眉間にしわを寄せて、不機嫌そうな表情をしていたので、俺はだんだんと不安になってきた。
そして、俺の服を脱がしにかかっている途中で、
『ごめん、限界……無理!』
天音は思い切り俺を突き飛ばした。そして、鼻と口を押えて、おえおえとえづき出したのだ。
『お前の匂い、強すぎて……気持ち悪い。吐き気がする……』
それが俺に向かって天音が放った、最後の一言だった。
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