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第5話

 その後の俺は、地獄のような1週間を過ごした。  天音はさっさと部屋を出て行ってしまった。当然、彼と過ごすつもりでいた俺は、抑制剤なんて準備していなかった。何より、中途半端に天音と触れ合って、その匂いを吸いこんでしまったせいで、体は熱を上げる一方だった。  今でもその時のことを思い出すと、自分のことが情けなくて、みじめで、死にたくなる。  俺のことを捨てて逃げたアルファのことを一心に思いながら、自慰に暮れる日々を過ごす羽目になるなんて。  だが、最悪なことはそれで終わらなかった。  何とか発情期が終わって、1週間ぶりに登校してみれば。学校での環境は、がらりと様変わりしていた。  靴箱につめこまれたゴミ。机にびっしりと書かれた悪口。「臭い」「気持ち悪い」「死ね」。そんな言葉が四方から飛んできた。放心としながら、天音の姿を探す。彼は見知らぬオメガとべったりくっついて、楽しそうに笑っていた。かつて俺へと向けた笑顔とまったく同じものを、別の人間へと向けているのだった。俺と目が合うと不快そうに顔をしかめて、あからさまに背を向けた。  乾いた笑いがこぼれた。  笑うしかなかった。  その時の感情を他にどうやって表現したらいいのか、よくわからなかった。呆然と立ち尽くして笑う俺を、クラスの連中は薄気味悪そうに眺めているだけだった。  俺の学校生活は一変して、最悪なものになった。けど、俺は学校を休むことはできなかった。  家族に天音にフラれたってことを話せないでいたからだ。天音を紹介した時に泣いていた母さんのことを思うと、どうしても言えなかった。  俺のうなじに噛み痕がないことを家族は訝しんだ。俺は「そういうのは卒業してからって天音が」と、言っていて薄ら寒くなるような説明をした。母さんは感動して、「天音くんったら本当に誠実で良い子なのね……!」と、またもやハンカチを濡らしていた。  そう、天音にうなじを噛まれなかったことは不幸中の幸いなのかもしれない。  うなじを噛まれて本当に番になった後でフラれたら、オメガは廃人となってしまうと聞く。そうならなかっただけ、俺は幸せだ。夜になったら寝て、朝になったら起きて、ご飯を食べて、学校にも行ける。俺の幸せを自分のことのように喜んでくれる家族がいてくれる。  だから、天音にフラれたことくらい、不幸でも何でもない。

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