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第8話
目が合う。
彩人さんはいつもは穏やかな顔を紅潮させて、俺をじっと見ていた。色素の薄い瞳をうっとりと揺らしながら、俺に熱い視線を注いでいる。
「ごめん……ルイくんがすごくいい匂いだから……俺もう、我慢できない。俺が相手だと、いや?」
「そんな……だって……俺……」
信じられない。だけど、彩人さんの顔は嘘を吐いているようには見えない。
熱っぽくて、そのくせちょっと雄っぽくて。
本当に……?
彩人さん、こんな俺に、興奮している……?
「彩人さんにはもっとふさわしい人がいると思います……。俺なんて、オメガなのにかわいくないし……」
「ルイくん、かわいいよ」
「なっ……そ、そんなわけ……!」
「ルイくん、照れるとすぐに真っ赤になるんだ。それにその目付きもちょっとすねた感じで……そこがたまらなく、かわいい」
あっ、と思った時には、俺は彩人さんの腕の中に抱きこまれていた。
呼吸が止まる。世界が止まる。
鼓動はどんどんと早くなっていくばかりだ。体が熱くなったのは、俺が発情期を迎えているからという理由だけじゃないだろう。
次の瞬間、唇を重ねられていた。
「ん……」
唇を割って、舌が入ってくる。ぴちゃり、と湿った音が響いた。
「んん……!?」
俺は驚いて、くぐもった声を出してしまう。
彩人さんは俺の口の中を軽く吸って、ごくんと唾液を飲んだ。唖然としている俺の前で、はぁ、と艶っぽい吐息を吐く。
「ルイくん、すごく甘いね。もっと味わってもいい?」
「え……で、でも……」
あまりのことに俺は混乱気味だ。
脳裏に天音の顔が浮かんでくる。眉をひそめて、これ以上ないほどに不快そうな顔をしていた天音。俺の匂いが強すぎると言って、えづいていた姿。
あの時の姿が、顔が、言われた言葉が頭にこびりついて、離れない。
臭いとか、ひどい味だ、とか。
それは俺に押された烙印。運命の相手から授かった俺の評価。ずっと胸の内にくすぶって、俺の心を蝕んでいく。
だから、突然、正反対なことを言われても、俺は混乱するしかない。嘘だ、そんなはずがない、という疑心に囚われて、思考が止まってしまう。
呆然とする俺を彩人さんは抱きしめる。
そして、もう一度、口をふさがれた。
「ん……っ、はぁ……」
ちょっと強引だと感じてしまうくらいに、舌を絡ませられて、俺は息が上がる。
くちゅくちゅという水音が脳髄に響いていく。頭がぼーっとしてきた。
口を離されると、透明な糸が互いをつなぐ。彩人さんはそれを丁寧にすくって、ぺろりと舐めてしまった。
「ルイくん」
「は……、ぁ、彩人さん……♡」
はぁはぁ、と熱い息を吐き出す。
視界が回って、俺はベッドの上に押し倒されていた。
彩人さんの双眸は普段は垂れ目がちで優しげなのに、今は熱を帯びている。
「ルイくんの目、とろけてきた。かわいい」
絶対にそんなことはない。
かわいいなんて言葉、生まれてこの方、誰からも言われたことなんてない。天音と付き合っている間も、「いい匂い」とは頻繁に言われていたけど、「かわいい」とはついぞ口にされなかった。
なのに、彩人さんの口調も眼差しも真摯だ。
まっすぐに言われると、「絶対にそんなことはない」とわかっているはずなのに、心臓が跳ねる。
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