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第4話

 次の日――。  『ブランカ』の店内がざわめきに満ちる。常連たちは苦笑いを浮かべていた。少年の『それ』をあまり視界に入れないように、不自然に目を逸らしている。  ユティスはもう穴が会ったら入りたいような気持ちでいっぱいだった。今すぐそこから逃げ出してしまいたい。しかし、そうするわけにもいかず、いつもよりぎこちない動きで給仕をする。  少しでも気を抜けば、自分の首に意識が向かってしまい、体が熱くなるのがわかった。  少年の首元にはくっきりと鬱血が残り――情事があったことを生々しく想像させる。昨夜、自分の恋人に泣くまでいじめられた痕だ。  昨日のレオンハルトの責め方はいつもより激しかったと少年は思う。散々、言葉責めされて、体がぐずぐずになるまで愛撫されて、それなのになかなか中には挿れてもらえなくて。最終的には『挿れてください』なんて涙目でおねだりまでさせられた。  その時のことを思い出すだけで、ユティスは顔から火を噴きそうになる。  更には朝起きてみれば、首に付けられたキスマークを隠すなよ、と命令されてしまった。  そのまま出勤して今に至る。いつも感情を表に出さないマスターに不愉快そうに眉をひそめられた時には、死にたくなったが……。  それでもレオンハルトの命令を反故にすることはどうしてもできなかった。恋愛は好きになった方が負けという言葉がある。ユティスの場合は、初めからもう完全に大敗していた。  レオンハルトと付き合うようになったきっかけも、ユティスからの告白だった。  彼が『ブランカ』に通い出したのは1年前のことだった。連日のように訪れる騎士の姿に、ユティスはあっという間に惚れてしまった。  レオンハルトが来るのを今か今かと待ち構えるようになり、彼が姿を見せると、子犬のように駆け寄って出迎えた。  そんな日々が何日も過ぎ――とうとうユティスは一大決心をしたのだ。 『あの……あの、えっと、その……』  仕事帰りのレオンハルトを捕まえ、人気のない場所に連れ出したはいいものの。  ユティスはなかなかその言葉を言うことができなかった。  きっと断られるだろうと予想していた。  方や国で一番人気のある騎士。  方や小さな喫茶店のウェイター。  つり合いがとれているとはとても思えない。  でも、実際に振られることは、吐きそうになるくらいに怖いことだった。一生分の勇気を振り絞って、ようやく言ったのだ。 『すっ……好き、です……』  緊張のあまり、声が裏返ってしまう。  真っ赤になってユティスは俯いた。相手の顔を直視できない。  数秒の間が空いた。ああ、きっとこれはダメということなんだろうなあ、と泣きそうになっていたその時。 『じゃ、付き合うか』  あっさりと言われた。  予想外の返事に、え? とユティスは顔を上げる。  この国で一番モテる騎士は、ニッと意地悪そうに笑っていたのだった。  幸せでいっぱいだったのは、初めの1カ月くらいのことだった。その間、レオンハルトはとても紳士的で優しかった。  付き合ってちょうど1か月目、レオンハルトの家で朝を迎えるような関係に発展してしまってから――少しずつ彼は本性を表すようになった。  行為が過激なものに変わり、昼間から店の裏手で無理やりにしたり、無茶な要求をしてくるようになった。  しばらく経つ頃には、ユティスに何でも命令してくるようになり、それに一から十まで従ってしまっている自分がいた。そんな日々が当たり前のものになってしまい、ユティスも次第に理解した。  これは――彼の玩具にされていると。  わかっているのに、やめられなかった。  レオンハルトが不機嫌そうにしていると、心臓が凍ったようになってしまう。彼に嫌われてしまったら、と想像するだけでも体が震える。  レオンハルトはきっと自分のことなんて好きじゃないんだと思う。何でも言いなりになるからおもしろがられているだけだ。それでもユティスはレオンハルトから離れられなかった。それくらいに彼のことを好きになってしまっていた。  例え玩具としてしか見られていなくても構わない。どんな形でもレオンハルトのそばにいられればそれでいい。少年は心の底からそう思っていた。  その日1日はずっと、困ったような視線や、にやにやと好奇の視線を向けられた。消え去りたいと思いつつも仕事をして、何とか店じまいの時間になる。ユティスがため息を吐きながら店の掃除をしていた時のこと。  からんからん、と音が響き、店のドアが開かれる。 「すみません、今日はもう閉店で……え?」  ユティスは入って来た人物を見て、目を瞬かせた。  金髪の女性だ。パッと見ではおとなしそうな娘といった印象を与える。黒縁の眼鏡に、癖のない長い髪。仕草もおどおどとしていて、背筋は曲がり気味だ。だが、一目でわかるほどに着ている服の品がいい。あまり外に出たことのない、いいところのお嬢さん――そんな風情だった。  ユティスはパッと顔を綻ばせる。 「姉さん!」  すると、娘の方もユティスと向かい合って、はにかんだような笑みを浮かべた。 「ユティス……久しぶりね。元気だった?」

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