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第5話
くるっと遥は身を返す。
「あー、終わった終わった」
双方のセキュリティクルーが撤収作業をしている間を桜木に護衛され、隆人とともに元の部屋に戻る。
部屋は既に整えられて、来客があったとは思えない。
遥は自分で上着とネクタイを脱ぎ捨て、ソファに腰掛けた。隆人はいつものように俊介に手伝わせている。
隆人が強い口調で命じた。
「手を洗ってこい」
「手?」
「レヴァントにキスをされただろう?」
遥は軽く立ちあがり、レストルームでソープを使い洗った。
ハンドタオルで手を拭きながら、リビングルームに戻る。
「焼きもちか? 外国人の挨拶だろ?」
「穢れ払いだ」
隆人が湊に用意させたウィスキー白州を既に飲み始めていた。
「穢れ払いって、どういう意味だよ」
隆人がグラスを傾ける手を止めた。
「ミハイル・レヴァントの裏の顔はロシアンマフィアのボスだ。グループ内には武器の製造、輸出の会社もあるが、それ以前に直接人も殺している。小蓮も護衛を兼ねた、同様の人種だ。武装していた」
遥は呆気にとられて、隆人を見つめた。
「表の顔の会社に、以前から我が社の部品の精密性に興味をもたれていて、交渉の打診はあった。対ロシアは輸出規制があるから、今回はトップの真意がどこにあるのか探りたかった」
「会食って急に決まったんだよな」
「ねじ込んだのは私だ。来日講演後のパーティーでな」
「は? どうやって? 超多忙な男なんだろう?」
「ちょっと殺気を放ってみた。さすが、戦い慣れている男は違うな。すぐに気がついた」
「無茶するなあ」
呆れて二の句が継げない。隆人は当然であるかのように話し出した。
「レヴァント‐ホールディングスのCEOの来日の可能性が生じた時点で、ホテルのこの階を押さえた。会食は行われるという前提で」
遥は湊が差し出した茶に伸ばした手を止めた。
「え? どのくらい前だよ、それ」
「一年は前だな。だが、実際会食は実現しただろう? 本来は小蓮夫人とふたりでディナーの予定の時間帯だった。そこに会食を提案した、予約していた店のキャンセル料を負担する条件で」
グラスをあおる隆人を見つめる。
「それだけやって、成果はあったのか?」
「あった。これは勘だが、レヴァントは現実的な面の影に何か理想を隠している。うまくすれば、健全な長い付きあいができる」
遥は肩をすくめた。
「俺はただ祈るだけだからな、あんたと一族が危ない方向へ舵を切らないようにと」
隆人の手が頬に伸びてきた。遥は席を立って隆人の隣に移った。シングルモルトウイスキーの香りの口づけをかわす。
「よくも人を野良猫呼ばわりしたな」
遥がにらむと隆人が笑った。
「途中までは借りてきた猫のようだったじゃないか。威圧されたんじゃないのか」
「サイズ的にはな。何言っているのか最初はよくわからなかったし」
遥は胸を張った。
「言葉がわかればもう問題ない」
「途中で祈っただろう?」
責めるような口調の隆人が頬に唇を移した。くすぐったくて、顔を横に向ける。
「俊介が侵入者を倒して、隆人が武道をやると言ったとき、ふたりの緊張が高まったからな。その場が和むように祈った。そのせいで俺についても何か感じたらしいから、ただ者でないのはわかったよ」
遥のワイシャツのボタンを隆人がはずし始める。
「まあ、俺に注意が移ったとき、向こうに害意がないのを感じた。こちらも害意はないんだから、あと俺にできるのは笑顔を向けるだけだ。そうだろ?」
隆人の唇が喉元を下りてくる。
「正直、お前が、あのライオンの王のような大男を相手に、あそこまで堂々と振る舞えるとは思っていなかった」
隆人の指先が、口づけに敏感になって尖った胸粒を引っかき、遥は身を震わす。
「俺は、あっ、いろいろな、ものに、まもられ、ん……てる、から……」
隆人が遥を抱き上げた。慌てて首に腕を回す。
「今日はよくやった。たっぷり褒めてやらないとな」
遥は笑った。
「隆人もな」
「生意気なことを」
ふたりは笑い合いながら寝室に入った。
その頃、滞在先のホテルに戻った小蓮ことラウルが、ミハイルから「最初の頃、扱いが酷かった」と愚痴を漏らしたことを理由に「お仕置き」を受けているとは、遥は想像してもいなかった。
(終わり)
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