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第4話

 会議室で、レヴァントと隆人が仕事の話をするという。その間、小蓮と遥はリビングルームで待機になった。  レヴァントが小蓮の頬に指先で触れた。 『ミスター加賀谷のキティと歓談でもして、いい子にしていろ、パピィ』  小蓮がレヴァントをものすごい目でにらんで早口で言い返した。英語だったが聴き取れなかった。  レヴァントは笑いながら隆人と会議室に消えた。  それよりも気になる単語があって、遥は小蓮を振り返った。 「パピィ?」 「俺は仔犬じゃねえ!」  即座に小蓮が強く否定した。遥は噴き出しそうなのを懸命にこらえた。 「確かに小蓮は仔犬というよりネコ科だな。それも凶暴なやつ。豹とか」 「ありがとうよ。褒め言葉として受け取っておく」  ほぼ同年齢ということがわかり、小蓮とは完全にラフな口調になっていた。  遥は笑いながら、小蓮に座るよう勧めた。  タイミングよく、コーヒーがサーブされる。小蓮が選んだモカブレンドだ。  しばらくコーヒーをゆっくり味わった。  ソーサーに小蓮がカップを置いた。 「ひとつ訊いてもいいか?」  小蓮は真面目な顔をしている。 「何?」 「さっき加賀谷さんを俺たちが見ていたとき、何をした?」  遥は薄く笑んだ。 「祈った」 「祈り?」  反問に静かにうなずく。 「そう。俺は闘えないが、祈ることができる」 「だから、祭司か」  そう言いながらも小蓮は半信半疑というようすではあった。遥も問い返した。 「なぜ?」 「遥の発するオーラのようなものが、いきなり変わったからな」  遥は肩をすくめた。 「自分じゃわからないな」 「だろうな」  遥は膝を進めた。 「俺からも訊いていい?」 「なんだ?」  遥は首を傾げた。 「レヴァントさんの奥さんと紹介されたが、いつも女の格好してるのか?」  即座に小蓮が反応した。 「冗談はやめろ!」  遥は目を瞬いた。小蓮が壁の向こうのレヴァントに呪い殺しそうな視線をむけている。 「無理矢理着せられてんだ。いつもだけど……。加賀谷さんもパートナーを連れてくるからと。遥がスーツなら、俺もスーツでよかったのに、まったく……ミーシャめ」 「すごく似合ってる」  遥は小蓮の勢いに飲まれながらも素直にほめたが、小蓮が苦虫をかみつぶしたような顔をしている。 「うれしくない。むしろ女装なら遥の方が似合うぞ。特別に可愛いし、肌も綺麗だからな」  遥は苦笑いを浮かべた。 「そう言われることは、俺もうれしくないな。そのせいで隆人と――加賀谷と関わることになっちまったから」 「遥様」  影のように立っていた俊介が口を挟んだ。  その諫めるような視線に、遥は肩をすくめた。 「しゃべりすぎるなってさ。だが隆人とセックスしているのは言ってもいいだろう?」  小蓮がまじまじと遥を見て、それから俊介を見た。 「近頃の若い者は羞じらいがないな。そこの護衛の兄さんが顔を赤くしているぞ」 「これはわざと。始めは無理矢理で、監禁されて酷い扱いされたのは根に持ってる。な、俊介?」 「無理矢理?! 監禁?!」  思わずといった風に小蓮が口にして、あっという顔をした。遥は小蓮の顔を見てにやりとした。 「ああ、小蓮も始めは無理矢理だったわけだ」  小蓮が口ごもる。 「俺も最初は扱いが酷かったからな」 「ほう?」  隆人ではない声に、ふたりはぎょっとして振り返った。  ミハイル・レヴァントと隆人が立っていた。 「ミスター レヴァントは東大に留学されていたこともあって、日本語もわかるそうだ」  隆人の説明に、さすがの遥も頬に血が上るのを止められない。小蓮はしまったという表情を浮かべていた。 「自業自得だ。そうだろう? パピィ」  レヴァントがそう言うと、小蓮の顔が引きつった。  あまりたちのよくない笑みを浮かべたレヴァントが、隆人を見た。 「お互いペットのしつけには、苦労しますな」  レヴァントの皮肉に、遥は胸を張り笑顔で口を挟んだ。 「俺はペットではありません。加賀谷隆人のパートナーです」  そう断言してレヴァントを見つめると、ブルーグレーの瞳がわずかに揺れた。  会食は終わった。見送りのため、エレベーターホールに歩いてきた。  レヴァントの方から隆人に握手を求めてきた。 『有意義な時間をすごせた。ありがとう』 『こちらこそ刺激的なご提案、感謝します』 「遥」  名を呼ばれると、小蓮も手を差し出していた。遥はその手を握りかえす。決して大きくはないのだが遥と違い、手のひらも指の腹も硬い、戦う者の手だった。  レヴァントは遥にも大きな手を差し出してきた。遥が素直に握ろうとすると、手首を返され、甲にキスを落とされた。唇はほのかに温かい。  突然のことに硬直した遥の手を取ったまま、レヴァントがブルーグレーの瞳で見つめてくる。 「野良猫とミスター加賀谷は言っていたが、なかなか気骨のあるレディだ」  眼力の呪縛をにっこりと跳ね返し、遥は手の自由を取り戻した。 「恐れ入ります、ミスター レヴァント」  隆人と小蓮は当たり前に握手を交わした。  SPとともにふたりは駐車場への直通エレベーターに乗った。  遥は小蓮に小さく手を振ってから、深く頭を下げた。  ドアが閉まり、百合の彫刻が現れた。

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