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第3話
ダイニングルームでアペリティフから始まったディナーは魚料理がすんで、口直しのソルベになった。
三人の巧みな英語でのやりとりの半分も聞き取れず、会話を途絶えさせがちで落ち込んできた遥を見たからか、レヴァントが小蓮に何かを囁いた。ロシア語のようだ。
「じゃあ、日本語で話す」
小蓮が流暢な日本語で言った。
「五歳から十八歳までは日本で暮らしていたんだ」
小蓮の言葉に納得した。
「どおりでうまいと思った」
「遥は英会話は苦手なのか?」
遥はスプーンを止めて、ちらっと隆人を見た。
「今特訓中だよ。習い事ばかりさせられてる」
「何を習ってるんだ?」
「礼儀作法、茶道、生花、書道、英会話」
「花嫁修業か?」
小蓮の大真面目な顔に遥は激しく首を振った。
「違う。そうじゃない」
『楽しそうだな』
隆人が英語で入ってくると、小蓮が訊ねた。
『隆人は、なぜ遥に習い事をたくさんさせているんだ? それより体を鍛えた方がよさそうだが』
『祭司を務めるので、それなりの教養が必要なんですよ』
『仏教の僧侶には見えないな』
レヴァントの言葉に、隆人が肩をすくめた。
『信じると思えば、道端の石も信仰の対象になり得る国でしてね、ここは』
すかさず、小蓮がレヴァントに何かささやきかけていた。日本の信仰の多様性についてかもしれない。
その時、隆人のスマートフォンとレヴァントのスマートフォンが同時に鳴動した。
隆人が挑戦的な目でレヴァントに言った。
『うちの者に任せてもらいましょうか』
レヴァントがふっと笑った。
『お手並み拝見』
『どこで?』
『ここで』
隆人の目が壁際で静かに控えていた俊介に向けられた。
「俊介」
「かしこまりました」
ダイニングルームの入口に俊介が移動する。
それを見て、遥は呼ばれる前に立ち上がると、隆人の影に隠れた。
ドアチャイムが鳴り、レヴァントのSPが対応する。カーペットでワゴンのタイヤの音はしないが、気配は近づいてくる。
「お肉料理をお持ち――」
シェフの帽子を被った男の口にハンカチが押し込まれた。それでも男は押してきたワゴンの影から拳銃を取り出す。
が、次の瞬間にはその両手首がくるりと捻られ、拳銃が床に落ちた。呻く男の手を捻り上げている俊介はそれを遠くへ蹴り、返す勢いで足払いを掛けて男のバランスを崩させ、膝裏を勢いよく踏んだ。たまらず床に膝をついた男の背に体重を乗せて動きを止める。肩関節が外れそうな角度で腕を背中に回させ、男の両手をしっかりまとめて掴んだ。そして腰から手錠を出すと、男の両手首に掛けた。
時間にして恐らく十秒あまり。
「埃を立てまして、失礼いたしました」
俊介が深く頭を下げて詫びた。
男が銃とともにロシア側のSPに引き渡されると、本物のシェフが新しい肉料理の皿を運んできた。
俊介は元の位置に戻っている。
『彼はニンジャか? 入り口に立っていたのに、あの男は気がつかなかったぞ』
レヴァントが俊介を示した。
『武道の応用ですよ。我が流派の第一人者です』
『興味深い』
レヴァントのブルーグレーの目が光った。
『と言うことは、ミスター加賀谷も武道をされているんですな』
『一通りは修めました』
「どおりで姿勢がきれいで腰が据わっていると思った」
そう日本語で言った小蓮も、鋭い目を隆人に向けている。
『一度、お手合わせをお願いしたいものだ。なぁミハイル?!』
先ほどの一幕の影響だろう。場に剣呑な雰囲気が漂っている。
遥はゆっくり瞬きをすると、二人を交互に見た。
はっとしたように、ふたりが遥に視線を移した。遥は小首を傾げ、にっこりと笑いかけた。
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