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初耳9
食堂の少し離れたテーブルには桃香先輩と相良先輩が向かい合って食事をしている。
「なあ、桃香先輩って何で喋んないの?」
最初に声を聞いた時以来その声を聞いていない。
様子をみていても、相良先輩と話している風ではない。頷いたり指先を動かしたりはするが、声は発していないようだ。
「ああ、うん。桃香先輩、ほとんどしゃべらないんだよ。声、聞けた?」
「最初に『編入生か?』ってだけだけど」
でも、春が『声』と強調するからきっと何か理由があるのだろう。
「桃香先輩のお父さんって有名な声優なんだよね。それでみんなその声を聞きたがって、昔はよく喋ってたみたいだけど、それが原因でしゃべらなくなったって聞いてるよ」
「原因?」
「ん~『お父さんの声に似てる』って散々言われ続けたら嫌になるじゃない。それで喋らなくなったって」
その声優の名前を聞いて、世間に疎い俺でも知っていることに驚いた。
「でも、俺、似てるとか思わなかったけどな」
落ち着きのある耳障りのいい声で、アニメだけでなくナレーションでもよく聞く声だ。コマーシャルでも流れているから、顔は知らないけど聞かない日が無いほどの声の有名人。その声とは全く違っていた。
少し掠れたその声の方が俺はゾクゾクした。
「学年が違うせいもあるけど、僕も聞いたこと無いし」
「もっと聞きたいのになぁ」
あの声をもっと聴いてみたい。一言じゃなくて、普通に会話してゾクゾクとした感覚をもう一度確認したい。
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