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自覚と嫉妬
「じゃあ、帰ってこないんですか?」
「指名されても断るよ。和臣も分かってると思うんだけどね」
「B寮は勉強会までやって必死になってますけど、無駄になるって事ですか?」
歪まで起きてきているというのに、今やっている努力は無駄になるってことだろうか。
「まあ、そうなるね。別の副寮長を指名すれば解決するだけなのに」
別の副寮長。それが誰でもいいのなら簡単なことなのだけど、桃香先輩がその指名権を持っていて、しゃべらないのだから仕方がない。
桃香先輩を理解できて、喋ってもいい相手。それは長年副寮長を務めた梓先輩が適任だと、誰もが思うだろう。だけど、それを受けないと断言しているから、ほかの誰か。
他の誰かが、桃香先輩の側で支えて、同室になる。
胸が……苦しい。
「響ちゃんがやればいいのに」
俺が……このまま同室でいれば仲良くなれるかもしれないけど、桃香先輩の指名が無ければ寮長会のメンバーにもなれない。支えることもできない。歪は大きくなる一方だろう。
「いや、俺は来たばっかりだし」
だけど、まだ編入して間もないのにそんな大役は引き受けられない。
「成績も優秀って聞いてるし、美人だし、俺なんかの心配もしてくれるし。何より和臣が追い出してない」
「それは、俺は美人じゃないし、心配も……それに今は部屋が空いてないだけだから」
「部屋は空けようと思えばいくらでも空けられるんだから、和臣も満更でもないってことじゃないのかな。美人は目の保養にもなるしね」
俺の数歩前に進んで立ち止まると振り返って、顎を突いた。寮はもう目の前だ。その寮に梓先輩は背を向けている。
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