71 / 121
焦がれる自覚
「離せっ」
抗ってソファーから落ちそうになるのを桃香先輩が慌てて止めて、2人まとめてソファーから落ちた。
「何がっ、何がしてえんだよっ」
叫ぶと桃香先輩は俺から手を離した。
離してしまったその手を俺は掴んだ。逃げられないように。
「なんで、いつも逃げるんだよっ」
この間、梓先輩が来た時だって……俺から逃げたんだ。
俺が、喋ろと言って副寮長を決めるように言った時も逃げ出したんだ。
喋らないことで全てから逃げている。
喋らないことで甘えているんだ。
「その声だって、逃げてるだけじゃないかっ」
桃香先輩はグッと眉間に皺を寄せると俺の腕を振り解いた。
「俺に何が分かるんだとか言ったけど、しゃべんねぇんだからわかんねぇだろっ」
喋らないことを理解するなんて難しい。
喋らないと本意は全く伝わらない。
「分かってほしいなんて思ってない」
ハスキーで聞き取りにくい声。
スッと立ち上がると俺に背を向ける。
「俺は……分かりたいって……思ってるのに」
床に起き上がって座るとその背に向かって、「俺は、俺は何も知らないし……だから、先輩のコンプレックスとか分からないし……だけど、その声……その声が好きなんだ」と語りかける。
俺にできることは、その声を好きでいること。
だからもっと、その声を聞きたい。
その声をもっと知りたい。
「嫌だと言ったくせにか?」
振り返らずに桃香先輩はそう言った。
いつのことかと考え倦ねて、シャワー室での事かと気がついた。
ともだちにシェアしよう!