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焦がれる自覚

「離せっ」 抗ってソファーから落ちそうになるのを桃香先輩が慌てて止めて、2人まとめてソファーから落ちた。 「何がっ、何がしてえんだよっ」 叫ぶと桃香先輩は俺から手を離した。 離してしまったその手を俺は掴んだ。逃げられないように。 「なんで、いつも逃げるんだよっ」 この間、梓先輩が来た時だって……俺から逃げたんだ。 俺が、喋ろと言って副寮長を決めるように言った時も逃げ出したんだ。 喋らないことで全てから逃げている。 喋らないことで甘えているんだ。 「その声だって、逃げてるだけじゃないかっ」 桃香先輩はグッと眉間に皺を寄せると俺の腕を振り解いた。 「俺に何が分かるんだとか言ったけど、しゃべんねぇんだからわかんねぇだろっ」  喋らないことを理解するなんて難しい。  喋らないと本意は全く伝わらない。 「分かってほしいなんて思ってない」 ハスキーで聞き取りにくい声。 スッと立ち上がると俺に背を向ける。 「俺は……分かりたいって……思ってるのに」 床に起き上がって座るとその背に向かって、「俺は、俺は何も知らないし……だから、先輩のコンプレックスとか分からないし……だけど、その声……その声が好きなんだ」と語りかける。 俺にできることは、その声を好きでいること。 だからもっと、その声を聞きたい。 その声をもっと知りたい。 「嫌だと言ったくせにか?」 振り返らずに桃香先輩はそう言った。 いつのことかと考え倦ねて、シャワー室での事かと気がついた。

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