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焦がれる自覚
嫌だと言ったのは……その声に……自分が……感じすぎるからで……。
ゾクゾクとした快感を引き出されるからだ。
「それは、その声が嫌って言ったじゃなくて……。馴れ、馴れないからで、別に聞きなれれば……」
聞き馴れればその声にドキドキすることにも馴れると思うんだ。落ち着かなくなるんだ。
その声に、恋をしているから。
その声を聞きたいと期待してしまうから。
名前を呼ばれると、余計に期待してしまうから。
自分が落ち着かなくなってしまうから。だから、『嫌』と言ってしまった。
「もっと……喋ってくれればいいのに……」
梓先輩だけじゃなくて、これからも副寮長が決まるまでは俺はここで同室なんだし、少しくらい贔屓してくれてもいいじゃないか。
あんなことして、今だって……押し倒すくらいなんだから。
「俺のこと……嫌いじゃないんだよね?」
押し倒したのは、暴力を振るうためじゃない。
憎らしくてしたわけじゃない。
その理由を聞きたい。
「嫌いじゃない」
振り返って見下ろしてそう言って、俺に手を差し出した。立たせてくれるんだと思って、その手を取る。
「嫌いなやつを襲うほど餓えているわけじゃない」
引っ張り起こされた。
「それって、俺のこと嫌いじゃないってこと……ですよね?」
臆病な心は、その言葉にすがってしまう。
言葉を求めてしまう。
引っ張り起こされた手は離されていて、俺は立ち上がって少し上にある桃香先輩を視線だけで見上げた。
「この声は……嫌いだ」
ボソと呟いて桃香先輩はソファーに座った。
「こっちの声も嫌いだ」
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