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焦がれる自覚
「ああ……」
先輩は大きく頷いて納得した顔をしてから俺の頭を撫でた。
「何? 何、納得してるんですか?」
「いや、あの時かと思い出した」
ハスキーなその声だと眉間に皺は寄らない。
「よく俺の声が分かったな」
どちらが本当の声であるか、俺には分かった。
だって、俺は先輩を見ているし。
こっちを見て笑った顔はこれまでとは全然違う。
それは、梓先輩と一緒にいる時のような、自然な笑顔だった。
俺に……向けられている。
それだけで胸がドキンと高鳴った。
「先輩は……その声嫌いって言うけど……俺はきっとその声じゃないと気がつかなかったと思う」
「何に?」
「先輩って存在に。普通に接して普通に先輩と後輩でいたと思う」
その声が耳に残らなければ、俺を捕らえなければ、先輩自身を意識はしなかったはずだ。
「その声がきっかけになったって……ことなんだけど」
通じてる?
首を傾げて見つめるとため息をついて、「お前、俺煽ってる?」と苦笑いで呟いた。
「煽る?」
聞き返しても苦笑いで、「なんでもない」と手を振った。
「この『声』ねぇ」
ボソボソと呟いて俺をじっと見て、「好きになってもいい」と口端を上げて笑った。
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