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『声を聞かせて』
「やらして」
『バチンッ』
反射的にその頬を平手で殴った。
思いっきりヒットして派手な音が響いた。
「そ、そうじゃないだろっ。馬鹿っ」
そういうことじゃなくて、そうじゃなくて。
繋いでいた手を引きはがしてその場に置いて寮に向かって速足で歩き出す。
「比嘉っ」
追いかけてきて俺の肩を掴む。
名前を呼ばれてビクッとなってしまった。
肩を掴まれて止められた。
止められて振り返らされる。
「直接的な言葉じゃないと伝わらないと思った」
振り返らせて少し屈んでチュッと軽い音を立てて俺の唇に口付けた。
突然の行動に俺は抵抗も出来ずに固まったまま目を見開いて見上げたままだ。
すぐに離れて、「もっとキスもしたいんだけど」と指先で俺の唇を擽った。
「同意だと、思っていたんだけど」
今度は俺の手を取って自分の唇に当てた。
最近ついた俺の癖。
それはあの口付けを思い出すから。
「『声』が好き?」
耳に近づいて、よりハスキーな声で囁いた。
ゾクゾクとした痺れが背中を擽って、震える。
「もっと、声を聞かせるよ」
俺の好きな声で。
「好き」
桃香先輩はギュッと手を掴んでさっきより足早に歩き出した。
学校の門を入って、寮に向かう。俺は俯いたまま顔も上げられずに桃香先輩のスニーカーだけを見つめていた。
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