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『声を聞かせて』
だから気がつかなかった。そこにいた人物に。
「もう、遅い」
その声にはっと顔を上げるとそこには梓先輩が立っていた。
「響ちゃん?」
さっきまでの会話に赤くなっていた顔が急に冷めるはずが無くて、俺の顔は赤い。
「一臣、まさかどっかでやってきたとか?」
その言葉に益々赤くなって俺は口をパクパクして言葉が出ない。そんな俺を自分の背中に隠すように間に立って、「いまから」何て言うから俺はその背中を叩いてやった。
痛みに呻いたけど、繋いだままの手を離してくれないから俺は逃げることができない。そのままその背中に俺は隠れた。
「はいこれ。いくら明日から休みでも無理はしないでよ」
ガサガサと手に持っていた袋を桃香先輩に渡して、「じゃあね」と梓先輩は去っていった。
喋んなくていい時には喋るなよ。
俯いたまま背中に隠れて寮に入った。
誰にも会わずにエレベーターに乗り込んだけど、桃香先輩は何がおかしいのかずっと肩を震わせて笑いを我慢しているのだ。
その背中をギュッと摘んでやったら、何か言いそうだったから、「黙って」と制してやった。
身長差はあまり無いから、いくら背中側にいても隠れているように無い。エレベーターの中でも背中側にいた。
左手同士を握っているから動きづらいのもある。
俺はため息をつくと目の前の桃香先輩の襟足に額をつけた。
桃香先輩は黙ったまま動かずに受け止める。
反対の開いている手でつい自分の唇を触ってしまう。
今からの熱い予感に……期待して。
軽い機械音を立ててドアが開く。ガサガサと音を立てるビニール袋が気になる。
俯いたままついて行く。
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