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『苦渋』
「響っ」
聞き覚えのある掠れた声が遠くから聞こえた。
弾かれたように顔を上げた。
廊下のエレベーター前からその人影は走ってくる。
「……とう……香、先輩」
名前を呼ぶと同時に腕を取られて立たされた。
その桃香先輩越しに春と相良先輩、末長の姿が見えた。みんな慌てた様子でこっちに走ってくる。
「何やってんだ」
掠れた声が俺の耳に届く。その声に、俺は涙が溢れ出して耐え切れずにその背中に両手を回してしがみ付いた。
桃香先輩に抱きついて離れない俺を桃香先輩は抱き締め返すから益々涙が溢れる。
「桃香。どうなってんだよ」
相良先輩の声に桃香先輩は俺を抱き締めたまま、顔だけそっちに向けた。
「響君、心配したんだからね」
春の声が聞こえるけど、俺はギュッと抱き締められたまま顔を上げられない。
「部屋に響君だけ帰って無いし……」
なんで、部屋に入ってないことが見てもいないのに分かるのか不思議に思ったけど、声を出せなかった。
「落ち着いたら話すから、今日は解散だ」
と、桃香先輩が遮るように喋りだしたから。
「明日の全校集会で発表するが、副寮長は比嘉に決めた。今までどおり俺が仕事を回す。相良、今日の寮長会は任すから、明日の段取りをしておけ」
ハスキーで聞き取りにくい低い声。
その声が、耳元ではなく大きな声ではっきりと聞こえた。
俺の握っていた学生証を掴むと部屋のドアを開けて、俺ごと中に入った。
抱き締めたまま。
「何、泣いてんだよ」
低い声が耳を擽る。
舌打ちが聞こえて、唇を噛み締めた。
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