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『苦渋』

「一臣、何で響ちゃんが泣いたか気づいてないの?」  「もう、梓先輩いいって」  遮ると梓先輩は意地悪く笑って、「一臣、鈍いからね~」と、自分の唇を指先で触って首を傾げて笑った。  「何だよ。梓」  「響ちゃん寂しかったんだよね~」  俺の反対側の腕を掴んで、梓先輩が近づく。  赤い髪が俺の頬に触れるほど近づいて、「ごめんね」と小さく謝った。桃香先輩には聞こえないように。  「何で寂しいんだよ」  「ほら、そんなところが鈍いってんだよ。ねえ」  「……う、ん。まあ」  本気で気がついてなかったんだろうか?  「一臣って、本気で響ちゃん好きなわけ? ただ、やりたいってだけじゃないの?」  ぐさりと確信を突く質問に、俺もギクッとなって、梓先輩を見た。そして桃香先輩を振り返る。  「そんなことは無い」  「どうかな、最初っから最後までやっちゃうくらいだし。痛がったら途中で止めたらよかったのに」  「やっ、それは、俺が……」  いいって言った。と続けそうになって、止めた。  2人が俺を見るから、俺は口ごもって赤くなって俯く。2人に両腕をとられているから、手で覆うことも出来ない。  「まあ、同意の上だとしてもさ。一臣、どうなの。返事しだいじゃ響ちゃんはこのままA寮にもらっていくよ」  「俺は、ちゃんと話してるだろう」  ……。その話しているっていうのは、『声を出している』ってことなんだ。梓先輩だけじゃない。俺を認めて、俺にもその声を聞かせているってことなんだけど、今の『話』はそこじゃない。  「うん。まあ、一臣からすれば話してるってことがすごい譲歩になるんだけど、普通の人には『普通』のことなんだから。僕も悪かったけど、一臣、もっと響ちゃん見てあげなよ」  ため息をつく様に息を小さく吐いて俺の手を離した。  「梓?」  「うん。僕は大丈夫。一臣、ちゃんと響ちゃんが好きだよね?」  首を傾げて問う梓先輩に桃香先輩は頷いた。  「だったら、その手を離しちゃダメなんだよ。逃げちゃダメなんだよ」  苦しそうに呟いて、「響ちゃんもね」と付け足した。  離したわけじゃない。逃げたわけじゃない。  ただ、言葉を交わさなかっただけだ。  それは…………桃香先輩が逃げたから。  「俺は……桃香先輩が好きだよ。だから、抱かれたんだ。先輩自信持ってよ。俺、ちゃんと、桃香先輩が好きだから」 

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