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相合い傘
「こんばんは」
突然声をかけられて驚いたらしく、『斉藤さん』はびくりと肩を震わせて、陽斗の方を見た。
「傘ないんちゃう? 良かったら一緒に入りません?」
「あ……あの……どなたでしょうか?」
あ、『斉藤さん』も関西人やな。
話すアクセントに関西訛りがあった。
「覚えてないですか? 俺、マンションの隣に住んでる、長谷川です」
「え?? あっ、あの、お隣の……」
「はい。やから方向一緒やし。良かったら入っていきません? 傘1本で申し訳ないんやけど」
「でも……」
「雨、この調子やとなかなか止まへんと思うし。まあ、ほんまに良かったらなんやけど」
相手の警戒を解いてもらおうと、ニコリと笑顔を見せる。すると、『斉藤さん』は少し驚いたような、慌てたような、動揺した表情を見せて、それからゆっくりと頷いた。
「そしたら、お願いします」
「どうぞ」
こうして2人は1つ傘の下、ゆっくりとマンションへ向かって歩き出した。しばらく無言で歩いていたのだが、『斉藤さん』が不意に口を開いた。
「あの……さっきはすみません。俺、すぐにお隣さんやって分からへんくて」
「いや、全然。まともに顔合わせたことないもんな」
「一度、エレベーターで一緒になりましたよね? やけど、あん時、あの、長谷川さん、マスクしてはったから顔良く見えへんくて」
「ああ、そうやったなぁ。風邪引いててん」
「だろうなとは思いましたけど。しんどそうやったから」
「1人暮らしやとああいう時困るよなぁ。あん時も飲みもんとか切れてもうて大変やったわ」
「あの、またそう言った困ったことあったら、いつでも声かけて下さい」
「……ええの?」
「ああ、はい。お隣ですし」
「ほんまぁ? ありがとう」
その気遣いが嬉しくて、満面の笑みで『斉藤さん』に笑いかけた。しかしなぜか『斉藤さん』は陽斗の顔をじっと見つめてしばらく無言だった。
「……斉藤さん?」
すると、『斉藤さん』ははっと我に返ったような顔をして、慌てたそぶりで陽斗から目を逸らした。
「何でもないです。すみません」
何でもないようには見えへんかったけど。
疑問には思ったが、別にじっと見られただけで不快なことをされたわけでもないので、まあええか、とすぐに忘れてしまった。
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